今回は、犯罪収益移転防止法を勉強しようということで、疑わしい取引の届出について見てみたいと思います。
特定事業者には以下のような5つの義務が課されますが、その中で、本記事は黄色ハイライトを引いた箇所の話です。
① 取引時確認
② 確認記録の作成・保存義務
③ 取引記録等の作成・保存義務
④ 疑わしい取引の届出 ←本記事
⑤ 取引時確認等を的確に行うための措置
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
メモ
このカテゴリーでは、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
ネット上の読み物としてざっくばらんに書いており、感覚的な理解を掴むことを目指していますが、書籍などを理解する際の一助になれば幸いです。
疑わしい取引の届出とは(法8条1項)
特定事業者は、マネロンが疑われる取引の届出義務を負います。法8条1項です。
▽犯罪収益移転防止法8条1項
(疑わしい取引の届出等)
第八条 特定事業者(第二条第二項第四十四号から第四十七号までに掲げる特定事業者を除く。)は、特定業務に係る取引について、当該取引において収受した財産が犯罪による収益である疑いがあるかどうか、又は顧客等が当該取引に関し組織的犯罪処罰法第十条の罪若しくは麻薬特例法第六条の罪に当たる行為を行っている疑いがあるかどうかを判断し、これらの疑いがあると認められる場合においては、速やかに、政令で定めるところにより、政令で定める事項を行政庁に届け出なければならない。
また、疑わしい取引の届出を行ったことや行おうとしていることは、顧客等に伝えてはならないことになっています(秘密の保持。法8条3項)。
3 特定事業者(その役員及び使用人を含む。)は、第一項の規定による届出(以下「疑わしい取引の届出」という。)を行おうとすること又は行ったことを当該疑わしい取引の届出に係る顧客等又はその者の関係者に漏らしてはならない。
具体的な内容はいろいろありますが、内容は以上の条文の中に入っていますので、先に全体をざっと見ておきます。
疑わしい取引の届出(全体像)
項目 | 内容(条文の文言) | 政令 | 主務省令 |
---|---|---|---|
対象となる取引の範囲 | 「特定業務に係る取引について」 | ||
疑わしい取引の類型 | ①「当該取引において収受した財産が犯罪による収益である疑いがある」場合 | ||
②「顧客等が当該取引に関し組織的犯罪処罰法第十条の罪若しくは麻薬特例法第六条の罪に当たる行為を行っている疑いがある」場合 | |||
届出の時期 | 「速やかに」 | ||
届出の方法 | 「政令で定めるところにより」 | 令16条1項 | 規則25条 |
届出の内容 | 「政令で定める事項を」 | 令16条2項 | |
届出先 | 「行政庁に届け出なければならない」 | ||
秘密の保持 | 「当該疑わしい取引の届出に係る顧客等又はその者の関係者に漏らしてはならない」 |
疑わしい取引の届出に関しては、JAFICに以下のような案内ページがあり、届出の方法や書式、届出先の行政庁などをまとめて見ることができます。
以下、順に見てみます。
届出の対象となる取引の範囲
疑わしい取引の届出の対象となる取引の範囲は、「特定業務に係る取引」です。
「特定業務」は、法4条で定義されていますが、取引時確認の対象となっている「特定取引」よりも広い概念となっています。
なので、取引時確認をする取引よりも広い範囲の取引が、届出義務の対象となっていることになります。
このように、取引時確認の義務が課せられている取引とは範囲が異なることに注意が必要です
特定業務と特定取引の関係については、以下の関連記事にくわしく書いています。
「疑わしい取引」の類型
”疑わしい”というのは要するにマネロンの疑いがあるということですが、疑わしい取引の類型には、
- 第1の類型:
当該取引において収受した財産が犯罪による収益である疑いがある場合 - 第2の類型:
顧客等が当該取引に関し組織的犯罪処罰法第十条の罪若しくは麻薬特例法第六条の罪に当たる行為を行っている疑いがある場合
という、2つの類型があります。
別の言い方をすると、この2つの場合には、疑わしい取引の届出義務が発生するということになります。
以下、順に見てみます。
特定業務に係る取引において収受した財産が犯罪による収益である疑いがある場合
第1の類型は、「収受した財産」が「犯罪による収益」である疑いがある場合、です。
「収受した財産」というのは、特定事業者が顧客との間で成立した取引に基づいて収受した財産という意味になります。
「犯罪による収益」は、法2条1項に定義されていますが、簡単にいうと、犯罪によって得た財産という意味になります。
なので、まとめると、”特定事業者が顧客との取引に基づいて財産を受け取ったものの、これは犯罪によって得た財産なのではないか?という疑いが生じた場合”、ということです。
「犯罪による収益」を定義している条文を確認してみます(法2条1項)。
▽法2条1項
(定義)
第二条 この法律において「犯罪による収益」とは、組織的犯罪処罰法第二条第四項に規定する犯罪収益等又は麻薬特例法第二条第五項に規定する薬物犯罪収益等をいう。
つまり、「犯罪による収益」には、①組織的犯罪処罰法2条4項の「犯罪収益等」と、②麻薬特例法2条5項の「薬物犯罪収益等」の2つがあることがわかります。
それでも、何を言ってるのかわからん…という感じですが、気を取り直して、もう少し中身を見に行ってみます。
▽組織的犯罪処罰法2条4項
4 この法律において「犯罪収益等」とは、犯罪収益、犯罪収益に由来する財産又はこれらの財産とこれらの財産以外の財産とが混和した財産をいう。
▽麻薬特例法2条5項
5 この法律において「薬物犯罪収益等」とは、薬物犯罪収益、薬物犯罪収益に由来する財産又はこれらの財産とこれらの財産以外の財産とが混和した財産をいう。
ということで、内容をまとめてみると、
【犯収法上の「犯罪による収益」】=「犯罪収益等」+「薬物犯罪収益等」
内容 | 条文 | |
---|---|---|
「犯罪収益等」 (組織的犯罪処罰法2条4項) | ①犯罪収益 | 組織的犯罪処罰法2条2項 |
②犯罪収益に由来する財産 | 同条3項 | |
③混和財産 | ||
「薬物犯罪収益等」 (麻薬特例法2条5項) | ①薬物犯罪収益 | 麻薬特例法2条3項 |
②薬物犯罪収益に由来する財産 | 同条4項 | |
③混和財産 |
というふうになっています。
こう見ると、わりと一定の犯罪に限られているのかな?というふうにも見えますが、上記①の「犯罪収益」でいう犯罪には、組織的犯罪処罰法の別表に掲げられている犯罪が広く含まれるので、結局は、非常に広い範囲での犯罪が疑わしい取引の対象になります。
犯収法上の「犯罪による収益」については、以下の関連記事にくわしく書いています。
顧客等が特定業務に係る取引に関し組織的犯罪処罰法第十条の罪若しくは麻薬特例法第六条の罪に当たる行為を行っている疑いがある場合
これも何を言ってるのかわからん…という感じですが、気を取り直して中身を見に行ってみます。
「組織的犯罪処罰法第十条の罪」とは、「犯罪収益等」の隠匿等の罪のことで、「麻薬特例法第六条の罪」とは、「薬物犯罪収益等」の隠匿等の罪のことです。
要するに、「犯罪収益等」や「薬物犯罪収益等」を、隠匿したり、犯罪によって得たという事実を仮装したりするのが、第2の類型になります。
これらはマネー・ロンダリングそのものであり、それ自体が犯罪として処罰されるものです。そのまんまですが、それぞれ、犯罪収益等隠匿罪、薬物犯罪収益等隠匿罪といいます。
▽組織的犯罪処罰法10条1項:犯罪収益等隠匿罪
(犯罪収益等隠匿)
第十条 犯罪収益等(…(略)…。)の取得若しくは処分につき事実を仮装し、又は犯罪収益等を隠匿した者は、五年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。犯罪収益(同法第三条第一項若しくは第二項前段、第四条第一項又は第五条第一項の罪の未遂罪の犯罪行為により提供しようとした財産を除く。)の発生の原因につき事実を仮装した者も、同様とする。
▽麻薬特例法6条1項:薬物犯罪収益等隠匿罪
(薬物犯罪収益等隠匿)
第六条 薬物犯罪収益等の取得若しくは処分につき事実を仮装し、又は薬物犯罪収益等を隠匿した者は、五年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。薬物犯罪収益の発生の原因につき事実を仮装した者も、同様とする。
第1の類型でいう「特定事業者が特定業務において収受した財産」は、先ほど見たように、顧客等との間で取引が成立して財産を収受したことを要すると考えられていますが、第2の類型の「顧客等が犯罪による収益の仮装・隠匿罪に当たる行為を行っている疑いがあると認められる場合」にいう「顧客等」に関しては、顧客等との間の取引が成立したことは必ずしも必要でない、とされます(「逐条解説 犯罪収益移転防止法」(犯罪収益移転防止制度研究会)242頁)。
なので、未遂に終わった場合や、契約の締結を断った場合でも、疑わしい取引の届出の対象となります(「犯罪収益移転防止方法の概要」15-【疑わしい取引の届出をすべき場合とは】参照)。
「疑いがある」の意味
第1の類型も第2の類型も、「疑いがある」との文言で締めくくられていますが、特定の前提犯罪の存在まで認識している必要はなく、犯罪による収益である疑いを生じさせる程度の何らかの前提犯罪の存在の疑いがあれば足りる、とされています(「逐条解説 犯罪収益移転防止法」(犯罪収益移転防止制度研究会)241頁)。
つまり、具体的な犯罪名まで認識する必要はないということです。
「疑いがある」かどうかの判断方法については、法8条2項で規定されています(▷参考記事はこちら)。
また、業種ごとの参考事例がそれぞれの所管官庁のHPでリリースされており、判断の際に参考にすべきとされています。たとえば、不動産業については、国交省HPに掲載されています(▷犯罪収益移転防止法の改正について|国交省 の「4.」)。
といっても個別に探すのは大変なので、各所管官庁へのリンク先や連絡先は、JAFICの以下のページが一覧でまとめてくれています。
▷参考リンク:疑わしい取引の参考事例|JAFIC 警察庁
疑わしい取引の「届出」
届出の時期
届出の時期は、疑いがあると認められる場合、「速やかに」とされています。
「速やかに」というのは、法令用語(法令上の用語として使い方や意味内容が決まっているもの)で、できるだけ早く、という意味になります。
「直ちに」(=一切の遅れを許さない)と「遅滞なく」(=事情の許す限り、最も早く)の中間的な意味として使われます
特定の期間が定められていないからといって、事業者側が自由に判断できる(判断の裁量がある)ということではないです。また、「速やかに」の範囲内で、近い時期に行われた複数の疑わしい取引を一度に届け出ることは可能とされています。
▽平成20年1月30日パブリックコメント(26頁)別紙2の1(12)|掲載ページはこちら
質問の概要 疑わしい取引の届出時期は特定事業者の判断でよいか。また、届出方法は事例ごとに届ける方法ではなく、特定事業者で取りまとめて届け出る方法でよいか。
質問に対する考え方 疑わしい取引の届出は、法上、特定事業者が、一定の疑いがあると認められる場合には、「速やかに」行うことが義務付けられています。また、近接した時期に行われた複数の疑わしい取引については、これらを一度に届け出ていただくことも可能です。
届出の方法(令16条1項、規則25条)
届出の方法は、令16条1項に定められています。
届出の方法と届出の様式について指定があって、主務省令で決められていることがわかります。
▽施行令16条1項
(疑わしい取引の届出の方法等)
第十六条 疑わしい取引の届出をしようとする特定事業者は、文書その他主務省令で定める方法により、主務省令で定める様式に従って、疑わしい取引の届出をしなければならない。
そこで、主務省令を見てみます。規則25条です。
▽施行規則25条
(届出様式等)
第二十五条 令第十六条第一項の規定による届出をしようとする特定事業者は、別記様式第一号から第三号までの届出書を行政庁に提出しなければならない。
2 前項に規定する届出書の提出については、当該届出書に記載すべきこととされている事項を記録した電磁的記録媒体(電磁的記録に係る記録媒体をいう。)及び別記様式第四号の電磁的記録媒体提出票を提出することにより行うことができる。
ということで、方法というのはつまり、
・1項で定められている届出書(つまり紙媒体)の提出
・2項で定められている電磁的記録媒体(つまりデジタル媒体)の提出
のことになります。
「提出」というのは郵送又は持ち込みで、デジタル媒体の場合にはe-Govを利用した申請もあります
様式は、別記様式第1号~第4号まで規定されています。
様式を規定しているのは、様式を統一することにより、疑わしい取引の情報を集約する際に見やすくするという趣旨です(「よくわかるマネーロンダリング対策ー犯罪収益移転防止法の実務」(手塚崇史)125頁)。
別記様式の内容は、概ね、
- 別記様式第1号:疑わしい取引の届出について
- 別記様式第2号:顧客等及び関係者の取引時確認に関する事項
- 別記様式第3号:取引に関する事項
- 別記様式第4号:電磁的記録媒体で提出しようとするときの頭紙
となっています。
方法と様式をまとめて整理すると、以下のようになります(〇は必要、×は不要)。
届出の方法と様式
詳しくは、「疑わしい取引の届出方法」で解説されています。JAFICの以下のページに、届出様式とともに掲載があります。
届出の内容(令16条2項)
届出の内容(届出事項)は、令16条2項に規定されています。
▽施行令16条2項
2 法第八条第一項に規定する政令で定める事項は、次に掲げる事項とする。
一 疑わしい取引の届出を行う特定事業者の名称及び所在地
二 疑わしい取引の届出の対象となる取引(以下この項において「対象取引」という。)が発生した年月日及び場所
三 対象取引が発生した業務の内容
四 対象取引に係る財産の内容
五 特定事業者において知り得た対象取引に係る法第四条第一項各号に掲げる事項
六 疑わしい取引の届出を行う理由
七 その他主務省令で定める事項
1号~7号まで定められていますが、先ほど見た別記様式のなかで詳細な項目が定められています。なので、結局は、別記様式のなかで届出の内容も決まっていると考えた方がわかりやすいかと思います。
詳しくは、「疑わしい取引の届出における入力要領」で解説されています。JAFICの以下のページに掲載があります。
届出の提出先(法22条1項)
届出の提出先については、「行政庁」とされています(法8条1項)。
それだけだとわからないじゃん…と思うところですが、実は、犯収法上の「行政庁」は、法22条1項~4項で定義されています(2条の定義規定と別のところにあるので、見つけにくい)。
犯収法上の「行政庁」は、場面に応じて法22条1項~4項で定義されていますが、1項が一般的な内容となっています
疑わしい取引の届出先となるのは、法22条1項に規定されている行政庁です。
特定事業者の区分に応じて、1号~17号まであります。要するに、業種ごとの監督官庁が届出先になっています。
▽法22条1項
(行政庁等)
第二十二条 この法律における行政庁は、次の各号に掲げる特定事業者の区分に応じ、当該特定事業者に係る事項に関して、それぞれ当該各号に定める者とする。
一~十七
条文上の建付けは以上で確認したことにして、具体的なところは、JAFICの以下の案内ページから確認する方が早いかと思います。「疑わしい取引の届出先一覧」が、PDFで掲載されています。
秘密の保持(法8条3項)
冒頭でも触れたように、疑わしい取引の届出を行ったことや行おうとしていることは、当該顧客等に伝えてはならないことになっています(法8条3項)。
事前(=行おうとすること)も、事後(=行ったこと)も、両方NGです。顧客等だけでなく、顧客等の関係者に漏らすのもNGです。
▽法8条3項
3 特定事業者(その役員及び使用人を含む。)は、第一項の規定による届出(以下「疑わしい取引の届出」という。)を行おうとすること又は行ったことを当該疑わしい取引の届出に係る顧客等又はその者の関係者に漏らしてはならない。
趣旨から考えると当然といえば当然ですが、当該顧客等が、事実、犯罪者グループなどであった場合に、届出がされたことを察知すると、証拠を隠滅したり、その犯罪収益をまた別のところに移転させたりする可能性があるためです。
結び
今回は、犯罪収益移転防止法を勉強しようということで、疑わしい取引の届出について見てみました。
[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。
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主要法令等・参考文献
主要法令等
- 犯罪収益移転防止法(「犯罪による収益の移転防止に関する法律」)
- 施行令(「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令」)
- 施行規則(「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則」)
- 改正事項に関する資料|JAFICホームページ
- 過去に実施したパブリックコメントの結果|JAFICホームページ
業界別資料
- 犯罪収益移転防止法に関するよくある質問・回答|全国銀行協会HP
- 犯罪による収益の移転防止に関する法律及び同政省令に関するQ&A|日本証券業協会HP
参考文献
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