今回は、商標法を勉強しようということで、商標の登録要件のうち、自他識別力について見てみたいと思います。
商標の登録要件は以下の3つですが、このうちの2つめです。
- 使用の意思があること(3条1項柱書)
- 自他識別力があること(3条1項各号参照)←本記事
- 不登録事由(4条1項各号)に該当しないこと
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
メモ
このカテゴリーでは、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
ネット上の読み物としてざっくばらんに書いており、感覚的な理解を掴むことを目指していますが、書籍などを理解する際の一助になれば幸いです。
自他識別力を欠く場合(3条1項各号)
商標の自他識別力というのは、商標によって自分の商品・サービスと他人の商品・サービスとを区別することができる力のことです。
この要件は、自他識別力を欠く商標を法3条1項の各号に列挙する、という形で規定されています。
▽法3条1項各号
(商標登録の要件)
第三条 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
一~六 (略)
各号をざっと見てみると、以下のとおりです。
号 | 自他識別力を欠く商標 |
---|---|
1号 | 普通名称(その商品・役務の一般的名称) |
2号 | 慣用商標(その商品・役務について業者間で一般的に使用されている文字や図形等) |
3号 | 記述的表示(その商品・役務の特性を記述するだけの表示) |
4号 | ありふれた氏・名称 |
5号 | 極めて簡単でかつありふれた標章 |
6号 | 需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標 |
6号が包括規定で、1号~5号は6号の例示という位置付けになっています。
以下、順に見てみます。
普通名称(1号)
一 その商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
これは、その商品や役務の一般的な名称を表す言葉であるため、需要者が何人かの業務に係る商品や役務であることを認識することができない商標のことです。
例えば、りんごに「アップル」、電子計算機に「コンピュータ」、といった商標です。
ただし、自他識別力があるかどうかは使用する商品・役務ごとに判断されます。そのため、例えば、電子計算機に「アップル」は、ここでいう普通名称にはあたらないことになります。
一般的な名称には、略称(ex.スマートフォンを略した「スマホ」)や、俗称(ex.塩を意味する「波の花」)も含まれます。
「普通に用いられる方法」
また、普通名称であっても、普通に用いられる方法でない場合は、1号に該当しません(=自他識別力があるとされる)。
「普通に用いられる方法」とは、その書体や全体の構成等が特殊な態様でないことです。例えば、商品・役務の普通名称を、ローマ字や仮名文字で表示することは「普通に用いられる方法」に該当します。
これに対し、例えば、一般的に使用する範囲にとどまらない特殊なレタリング(ex.りんごに「A-pp-Le」)や、漢字(当て字)で表示すること(ex.りんごに「圧風流」)などは、「普通に用いられる方法」に該当しません。
慣用商標(2号)
二 その商品又は役務について慣用されている商標
これは、その商品や役務に対して業者間で一般的に使用されている言葉や図形であるため、個々の事業者の商品や役務を識別することができないような商標のことです。
例えば、清酒に「正宗」、興行上の座席の手配に「プレイガイド」といった商標です。
普通名称との違い
1号でいう普通名称には略称や俗称も含まれるため区別が明確ではありませんが、普通名称と慣用商標との違いとしては、一般的に、
- 慣用商標には、文字のほかに図形などが含まれる場合がある
- 慣用商標は、その文字や図形などが取引業界(つまり同業者間)において一般的に使用されているかどうかが問題となる
といった点が異なる、とされています。
記述的表示(3号)
三 その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。第二十六条第一項第二号及び第三号において同じ。)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
これは、商品や役務に使用されたときに、取引者又は需要者がその商品や役務の特性を表示するものと一般に認識する商標のことです。
分けて見てみると、以下のようなものを表示するだけの商標です。
- 商品について
商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む)、生産若しくは使用の方法若しくは時期、などの(これらは例示)、特徴、数量若しくは価格 - 役務について
役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期、などの(これらは例示)、特徴、数量若しくは価格
「記述的表示」という呼び方は、商品や役務の特性を記述しているにすぎない表示、といったニュアンスの言葉です。
産地、販売地、役務提供場所
これらは、商標が国内外の地理的名称からなる場合です。
例えば、コーヒーに「GEORGIA」(最判昭和61年1月23日判時1186号131頁)、茶に「京都抹茶」、ピザに「ニューヨークピザ」などは、商品の産地や販売地の表示として、また、飲食物の提供に「東京銀座」、マッサージに「ハワイアンマッサージ」などは、役務の提供場所の表示として認識されると考えられます。
コーヒーに「GEORGIA」は、使用による識別力の獲得により登録商標になっています。
品質、原材料、効能、用途、態様
これらは、商品や役務の性能や特性を普通に用いられる方法で表示する場合です。
例えば、ビール・麦芽発泡酒に「本生」(知財高判平成19年3月28日(平成18(行ケ)10374号))や、「高級」や「天然」などは、商品の品質を表示するものとして、また、「消臭」や「美白」などは、商品の効能や用途を表示するものとして認識されると考えられます。
形状(包装の形状を含む)
これは、商品の外観や包装の形を普通に用いられる方法で表示する場合です。
例えば、ウイスキーに角瓶の立体形状などです(東京高判平成15年8月29日(平成14(行ケ)581号))。
なお、ウイスキーに「角瓶」の文字は、使用による識別力の獲得により登録商標となっています(東京高判平成14年1月30日(平成13(行ケ)265号))。
ありふれた氏・名称(4号)
四 ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
これは、一般的な人名や団体名などを普通に用いられる方法で表示する場合のことです。著名な地理的名称もこれにあたります。
また、屋号に慣用的に付される文字や、会社の種類などが組み合わされても、ありふれた氏・名称にあたります。
例えば、「鈴木」、「田中屋」、「佐藤商店」、「木村株式会社」、「東京」、「日本」などの商標です。
極めて簡単でかつありふれた標章(5号)
五 極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標
これは、一般的に使用される図形や記号、ローマ字や数字などを単純な方法で表示する場合のことです。
例えば、アルファベット1文字、数字、○や△等の図形などの商標です。
バスケット条項(6号)
六 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標
6号は包括規定であり、1号~5号は6号の例示になります。
1号~5号には該当しないが自他識別力を欠く商標を捕捉するもので、
- 単に宣伝広告又は企業理念・経営方針等として認識される場合(キャッチフレーズ等)
- 商標が、単位等に一般的に用いられる文字として認識される場合(「メートル」、「グラム」、「Net」、「Gross」等)
- 商標が、元号として認識されるにすぎない場合(「平成」「令和」等)
- 商標が、模様的に連続反復する図形等により構成されているため、単なる地模様として認識される場合
- 特定の役務について、店名として多数使用されていることが明らかな場合(喫茶店に「フレンド」や「ひまわり」等)
等々があるとされています(詳しくは商標審査基準を参照)。
まとめ
登録要件としての自他識別力については、商標審査基準と商標審査便覧に以下のような詳細な解説があります。
使用による自他識別力の獲得(3条2項)
本来的に自他識別力を欠く商標でも、使用が積み重ねられた結果、需要者がその商品や役務の出所を認識することができるようになった場合には、商標登録を受けることができます。
これを使用による自他識別力の獲得と呼びます。セカンダリーミーニングとも呼ばれます。
例えば、コーヒーに「GEORGIA」や、ウイスキーに「角瓶」の文字などは、使用による自他識別力の獲得が認められた商標になります。
▽法3条2項
2 前項第三号から第五号までに該当する商標であつても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる。
「前項第三号から第五号までに該当する商標であっても」とあるように、普通名称(1号)と慣用商標(2号)は、使用による識別力の獲得の対象外です。
使用による識別力の獲得を主張する場合は、需要者の認識状況や使用実態などを具体的に証明する必要があります。
また、使用商標(実際に使用を積み重ねてきた商標)と出願商標の間に、同一性が認められることが前提になります。
登録後の普通名称化
また、使用による自他識別力の獲得とは逆に、もともと自他識別力のあった商標がその後に自他識別力を失う場合はあるのか?という問題があります。
もともとは自他識別力を有していた商標が、多数の者に使用されることによって識別力が弱まり、商品・役務の出所を示す商標としてではなく、一定の商品・役務を示す普通名称として認識されるようになる場合があります。これを普通名称化と呼びます。
例えば、「エスカレーター」や「正露丸」(東京高判昭和46年9月3日(昭和35(行ナ)32号))などはもともと登録商標でしたが、その後に普通名称化したものの例としてよく挙げられます。
登録要件としての自他識別力の判断基準時は査定時であるため、後発的に普通名称化したとしても、登録自体は有効です(無効審判(46条)の理由にならない)。
しかし、商標権の効力が及ばない場合(26条1項)として、普通名称等を表示する商標には商標権の効力が及ばないとされているので(2号・3号)、権利行使はできなくなります。
登録商標として保持していても、他人の使用を禁止できない状態になる、ということです。
結び
今回は、商標法を勉強しようということで、商標の登録要件のうち自他識別力について見てみました。
登録を受けることができない商標については、以下の特許庁HPに解説があります(自他識別力と対応する箇所は1.の部分)。
▷参考リンク:出願しても登録にならない商標|特許庁HP
[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。
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