今回は、商標法を勉強しようということで、商標権の効力が及ばない場合について見てみたいと思います。
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
メモ
このカテゴリーでは、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
ネット上の読み物としてざっくばらんに書いており、感覚的な理解を掴むことを目指していますが、書籍などを理解する際の一助になれば幸いです。
商標権の効力が及ばない場合(法26条1項)
商標権の効力が及ばない場合とは、商標権者が登録商標の使用を独占できない場合のことです。商標権の効力の制限ともいいます。
商標法26条1項の各号に、商標権の効力が及ばない場合を列挙するという形で規定されています。
▽法26条1項
(商標権の効力が及ばない範囲)
第二十六条 商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となっているものを含む。)には、及ばない。
一~六 (略)
各号の内容をざっと見てみると、以下のとおりです。
号 | 内容 |
---|---|
1号 | 自己の肖像や氏名・著名な略称等を表示する商標 |
2号 | 商品について、普通名称や記述的表示を表示する商標 |
3号 | 役務について、普通名称や記述的表示を表示する商標 |
4号 | 慣用商標 |
5号 | 当然備える特徴のみからなる商標 |
6号 | 自他識別できない態様で使用されている商標(いわゆる商標的使用ではない場合) |
2号・3号の「記述的表示」とは、商品や役務の特性(産地、品質、形状etc)を記述しているにすぎない表示、というニュアンスの言葉です
趣旨
これらは、商標権の効力を一律に及ぼすことが公共の利益に反する場合には、商標権の効力を制限して、自由使用を確保するためのものです。
特許庁の逐条解説によると、商標権の効力が及ばない場合(法26条1項)の趣旨として、
- 過誤登録の場合の救済
- 類似部分(禁止権が及ぶ部分)が普通名称や記述的表示を含む場合の自由使用の確保
- 後発的に普通名称化した場合の自由使用の確保
という3つが挙げられています(特許庁「工業所有権法(産業財産権法)逐条解説」(第22版)1648頁)。
①は、商標権の効力が及ばないとされる場合は登録要件も満たさない場合にあたりますが、それが誤って登録された場合(過誤登録)に、無効審判によるまでもなく、一般人がそれを使用することを確保するためということです。
②は、登録商標自体は普通名称等でないため登録はなされたものの(ex.「アスカレーター」)、類似部分(禁止権が及ぶ部分)が普通名称等を含むことになるとき(ex.「エスカレーター」)に、一般人がそれを使用することを確保するためということです。
③は、もともとは自他識別力があったため有効に登録されたものの、その後に多数の者が使用することにより識別力が弱まり普通名称化した場合に、一般人がそれを使用することを確保するためということです(後発的な理由)。
以下、1号から6号まで順に見てみます。
自己の肖像や氏名、著名な略称等を表示する商標(1号)
一 自己の肖像又は自己の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を普通に用いられる方法で表示する商標
これは、自分の顔や名前や通称など(会社等も同様)を一般的な方法で表記する商標のことです。
他人によって商標登録されたといっても、自分の名前を商品・役務に使用するなと言われても困りますよね。こういった使用を確保するものです。
氏又は名だけのものは「略称」にあたり、また、会社等は会社を示す部分を抜いているものも「略称」にあたります。
【用語の整理】
氏名・名称・略称の例 | 「略称」 | |
「氏名」 | "甲野 城太郎" | "甲野” ”城太郎” |
「名称」 | "甲乙団株式会社" | "甲乙団" |
ただし、略称に本号が適用されるためには著名性が必要になります。
普通名称や記述的表示を表示する商標(2号・3号)
これらは、商品や役務の普通名称(一般的な名称)や特徴などを普通に表示する商標のことです。
商品や役務の特徴や内容などを表現しているだけの表示のことは記述的表示と呼ばれていますので、2号と3号には普通名称と記述的表示が掲げられていると思っておけばよいです。
そして、2号は商品について、3号は役務について定めています。
▽法26条1項2号・3号
二 当該指定商品若しくはこれに類似する商品の普通名称、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又は当該指定商品に類似する役務の普通名称、提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する商標
三 当該指定役務若しくはこれに類似する役務の普通名称、提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又は当該指定役務に類似する商品の普通名称、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する商標
例えば、カレールーに「カレー」、牛乳に「ミルク」は普通名称として、布団に「高級」は品質として、飲食物の提供に「東京上野」は役務提供の場所として、りんごに「丸い」は形状として、肉に「1kg」や「1000円」は数量や価格として、需要者に認識されると考えられます。
これらを商品・役務について表示するのは円滑な取引のために当然必要なことですので、こういった使用を確保するためのものです。
慣用商標(4号)
四 当該指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について慣用されている商標
これは、その商品や役務に対して業者間で一般的に使用されている言葉や図形で表示する商標のことです。
例えば、清酒に「正宗」、興行上の座席の手配に「プレイガイド」といった商標です。
上記の2号・3号で出てきた普通名称と概ね同じような話になります(▷参考記事:自他識別力について)。
当然備える特徴のみからなる商標(5号)
五 商品等が当然に備える特徴のうち政令で定めるもののみからなる商標
↓ 施行令1条
(政令で定める特徴)
第一条 商標法第四条第一項第十八号及び第二十六条第一項第五号の政令で定める特徴は、立体的形状、色彩又は音(役務にあつては、役務の提供の用に供する物の立体的形状、色彩又は音)とする。
政令は施行令1条であり、まとめるとつまり、その商品等が当然備える立体的形状や色彩や音のみからなる商標のことです。
以前は立体的形状のみでしたが、平成26年法改正で新しいタイプの商標が追加されたことに伴って(▷参考記事はこちら)、色彩や音も追加されました。
これらに商標権者による使用独占を認めると、そもそもその商品・役務を何人も扱えなくなってしまいますので、自由な使用を確保するためのものです。
例えば、車のタイヤの立体的形状などです。
自他識別できない態様で使用されている商標(6号)
六 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標
これは、形式的には商品・役務について商標が使用されていても、自他識別機能を果たすための使用(商標的使用)ではない商標のことです。いわゆる商標的使用論を明文化したものになります。
別の言い方をすると、たしかに商品・役務について使用されてはいるものの、よくよく見てみると、商品や役務の提供者を特定する目的で使用されていない商標のことです。
例えば、デザインとしての使用、記述的な使用、キャッチフレーズとしての使用、書籍等の題号としての使用などがあります(これらは「商標的使用」ではない、と表現される)。
商標的使用論とは、形式的には商品・役務について商標が使用されていても、自他識別機能を果たすための使用(商標的使用)ではない場合に、商標権侵害を否定する理論のことで、多数の判例の積み重ねがあります(▷参考記事:商標的使用論について)
登録要件との関係性
商標権の効力が及ばない場合(法26条1項)には、前述の趣旨①(=過誤登録の場合の救済)にもあるように、登録要件と一定の対応関係が見られます。
つまり、
- 1号は、4条1項8号の不登録事由と、
- 2号~4号は、3条1項1号~3号の自他識別力欠如(普通名称、慣用商標、記述的表示)と、
- 5号は、4条1項18号の不登録事由と、
というように、概ね対応しています。
表にしてみると、以下のようになります。
商標権の効力が及ばない場合 | 登録要件を満たさない場合 |
---|---|
自己の肖像や氏名、著名な略称等を表示する商標(1号) | 4条1項8号「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)」 |
商品について、普通名称や記述的表示を表示する商標(2号) | 3条1項1号「その商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」 3条1項3号「その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。第二十六条第一項第二号及び第三号において同じ。)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」 |
役務について、普通名称や記述的表示を表示する商標(3号) | |
慣用商標(4号) | 3条1項2号「その商品又は役務について慣用されている商標」 |
当然備える特徴のみからなる商標(5号) | 4条1項18号「商品等(商品若しくは商品の包装又は役務をいう。第二十六条第一項第五号において同じ。)が当然に備える特徴のうち政令で定めるもののみからなる商標」 |
自他識別できない態様で使用されている商標(いわゆる商標的使用ではない場合)(6号) | ー |
ただし、法26条1項の趣旨に関して登録要件と結び付けて把握する考え方に対しては、登録の問題とは切り離して理解されるべきとの見解もあります(茶園成樹「商標法」(第2版)214頁参照)。
結び
今回は、商標法を勉強しようということで、商標権の効力が及ばない場合について見てみました。
法26条のうち2項(不正競争の目的があった場合の1項の適用除外)や3項(農林水産物等に関する地理的表示の使用行為)については、あまり一般的ではないように思うので割愛しています。
商標権の効力が及ばない場合については、以下の特許庁HPの解説が参考になります。
▷参考リンク:商標権の効力 | 特許庁HP
[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。
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