今回は、商標法を勉強しようということで、商標の登録要件のうち不登録事由について見てみたいと思います。
商標の登録要件は以下の3つですが、このうちの3つめです。
- 使用の意思があること(3条1項柱書)
- 自他識別力があること(3条1項各号参照)
- 不登録事由(4条1項各号)に該当しないこと ←本記事
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
メモ
このカテゴリーでは、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
ネット上の読み物としてざっくばらんに書いており、感覚的な理解を掴むことを目指していますが、書籍などを理解する際の一助になれば幸いです。
不登録事由とは(4条1項各号)
商標法では、公益的見地や私益の保護の立場から登録することができない商標が定められており、これを不登録事由といいます。
不登録事由に該当すると、「使用の意思」や「自他識別力」という他の要件を満たしていたとしても、登録が認められないことになります。
▽商標法4条1項
(商標登録を受けることができない商標)
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
一~十九 (略)
特許庁の逐条解説によれば、使用の意思や自他識別力の要件は、商標登録にあたっての商標としての一般的・普遍的な適格性を求めているのに対し、不登録事由は、そのような適格性があることを前提とした上で、主として公益的見地や私益の保護の立場(すなわち政策的な見地)から商標を見るものである、とされています(特許庁「工業所有権法(産業財産権法)逐条解説」(第22版)1538頁参照)。
不登録事由は1号から19号まであり、公益的理由によるものと私益的理由によるものに大きく分けることができます。
各号をざっと見ると、以下のとおりです(内容は適宜要約しています)。
分類 | 号 | 不登録事由 |
---|---|---|
公益的不登録事由 | 1号 | 国旗等と同一又は類似の商標 |
2号 | パリ条約の同盟国等の記章と同一又は類似の商標 | |
3号 | 国際機関を表示する標章と同一又は類似の商標 | |
4号 | 赤十字等の標章又は名称と同一又は類似の商標 | |
5号 | 政府又は自治体が使用する監督用・証明用の印章・記号と同一又は類似の商標 | |
6号 | 国や自治体又は公益団体等を表示する著名標章と同一又は類似の商標 | |
7号 | 公序良俗を害するおそれがある商標 | |
9号 | 博覧会の賞と同一又は類似の標章を有する商標 | |
16号 | 商品の品質又は役務の質の誤認を生ずるおそれがある商標 | |
18号 | 商品等が当然に備える特徴のみからなる商標 | |
私益的不登録事由 | 8号 | 他人の肖像・氏名・著名な略称等を含む商標 |
10号 | 他人の周知商標と同一又は類似の商標 | |
11号 | 他人の先願登録商標と同一又は類似の商標 | |
12号 | 他人の登録防護標章と同一の商標 | |
14号 | 登録品種の名称と同一又は類似の商標 | |
15号 | 出所混同を生ずるおそれがある商標 | |
17号 | ぶどう酒又は蒸留酒の産地を表示する標章を有する商標 | |
19号 | 他人の著名商標を不正の目的で使用する商標 |
以下、公益的な不登録事由と私益的な不登録事由に分けて、順に見てみます。
公益的な不登録事由
公的な機関等のマーク(1号~6号及び9号)
公益的な不登録事由の1つめは、公的な機関等のマークです。
概略的にまとめて見てみると、以下のとおりです。
- 国旗等と同一又は類似の商標(1号)
- パリ条約の同盟国等の記章と同一又は類似の商標(2号)
- 国際機関を表示する標章と同一又は類似の商標(3号)
- 赤十字等の標章又は名称と同一又は類似の商標(4号)
- 政府又は自治体が使用する監督用・証明用の印章・記号と同一又は類似の商標(5号)
- 国や自治体又は公益団体等を表示する著名標章と同一又は類似の商標(6号)
- 博覧会の賞と同一又は類似の標章を有する商標(9号)
1号は、国旗や勲章などです。国家等の尊厳を保持するという公益保護の観点から、不登録事由とされています。
2号は、国家の記章や紋章などです。国家の尊厳を保持するという公益保護の観点から、不登録事由とされています。
3号は、国際機関(ex.国際連合)の標章などです。国際機関の尊厳を保持するという公益保護の観点から、不登録事由とされています。
4号は、赤十字の標章や名称などです。赤十字マークは、戦争や紛争などで傷ついた人びとと、その人たちを救護する軍の衛生部隊や赤十字の救護員・施設等を保護するためのマークです(▷赤十字マークの意味と約束事|日本赤十字社)。赤十字の尊厳を保持する等の公益保護の観点から、不登録事由とされています。
5号は、官庁の監督用・証明用の印章などです。商品の品質・役務の質の誤認防止、及び、監督・証明官庁の権威の保持の観点から、不登録事由とされています。
6号は、国・自治体・これらの機関・公益団体等の著名な標章です。国等の権威・信用の尊重や、国等との出所の混同を防いで需要者の利益を保護するという公益保護の観点から、不登録事由とされています。
9号は、博覧会の賞です。博覧会で与えられる賞の権威の維持、及び、商品の品質・役務の質の誤認防止の観点から、不登録事由とされています。
これらは国家、地域社会、国際社会などにおいて尊重されるシンボルであり、誰でも自由に使用することができるわけではありません。商標法上、これらを商標に使用することは公益性に反するため、登録が禁止されているわけです。
公序良俗を害するおそれがある商標(7号)
七 公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標
①公共の秩序や善良な風俗を害する表現を使用した商標は、登録を受けることができません。例えば、非道徳的、卑猥、差別的、矯激(言動などが並外れて激しいこと)、不快な印象を与えるものなどです。
また、表現自体が上記のようなものでなくとも、②その商標を使用することが社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反するような場合や、③他の法律によってその商標の使用が禁止されている場合なども、7号に該当するとされています。
例えば、商標審査基準によれば、
- 「大学」等の文字を含み学校教育法に基づく大学等の名称と誤認を生ずるおそれがある場合(※学校教育法135条1項参照。関連記事はこちら)
- 「○○士」などの文字を含み国家資格と誤認を生ずるおそれがある場合
- 周知・著名な歴史上の人物名であって、当該人物に関連する公益的な施策に便乗し、その遂行を阻害する等公共の利益を損なうおそれがあると判断される場合
などが挙げられています。
商品の品質又は役務の質の誤認を生ずるおそれがある商標(16号)
十六 商品の品質又は役務の質の誤認を生ずるおそれがある商標
この不登録事由は、商品や役務の品質に関する誤解を招くおそれがある商標に対して適用されます。
例えば、ビールに「ワイン」、風邪薬以外の薬に「○○風邪薬」といった商標は、需要者に誤解(商品・役務の品質についての誤認)を与えることになるので、需要者の保護という公益的見地から不登録事由とされています。
商品等が当然に備える特徴のみからなる商標(18号)
十八 商品等(商品若しくは商品の包装又は役務をいう。第二十六条第一項第五号において同じ。)が当然に備える特徴のうち政令で定めるもののみからなる商標
↓ 施行令1条
(政令で定める特徴)
第一条 商標法第四条第一項第十八号及び第二十六条第一項第五号の政令で定める特徴は、立体的形状、色彩又は音(役務にあつては、役務の提供の用に供する物の立体的形状、色彩又は音)とする。
これらは、商品や役務の特徴として必然的なものであり一般的に自他商品・役務識別力を欠く場合が多く、かつ、何人にとっても必要な表示であって特定人に独占させるのは不適当なため、不登録事由とされています。
例えば、タイヤの立体的形状などです。
なお、商標権の効力が及ばない場合(法26条1項)の5号に、本号とパラレルな規定があります。
▽商標法26条1項5号
(商標権の効力が及ばない範囲)
第二十六条 商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。
五 商品等が当然に備える特徴のうち政令で定めるもののみからなる商標
私益的な不登録事由
他人の肖像・氏名・著名な略称等を含む商標(8号)
八 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)
他人の肖像、氏名、名称、著名な略称等を含む商標は、商標登録を受けることができません。他人には、法人や団体も含みます(「名称」という文言の部分)。
当該他人の人格権や人格的利益の保護の見地から、不登録事由とされています。
ただし、本人の承諾を得た場合は、商標登録を受けることができます(括弧書き参照)。
なお、商標権の効力が及ばない場合(法26条1項)の1号に、本号とパラレルな規定があります。
▽商標法26条1項1号
(商標権の効力が及ばない範囲)
第二十六条 商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。
一 自己の肖像又は自己の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を普通に用いられる方法で表示する商標
他人の周知商標と同一又は類似の商標(10号)
十 他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
他人の未登録商標で、「需要者の間に広く認識されている」つまり周知性が認められる商標は、商標登録を受けることができません。未登録周知商標の保護になります。
未登録周知商標が不登録事由とされているのは、
- 他人が既に使用しており周知となっている未登録商標を使用することで、商品・役務の出所の混同のおそれが生じるため
- 当該他人の商標には既に一定程度信用が化体されているといえるので、その信用を保護するため
という理由からです。
周知性が認められるかどうかの考慮要素としては、商標審査基準によれば、
- 出願商標の構成及び態様
- 商標の使用態様、使用数量(生産数、販売数等)、使用期間及び使用地域
- 広告宣伝の方法、期間、地域及び規模
- 出願人以外の者による出願商標と同一又は類似する標章の使用の有無及び使用状況
- 商品又は役務の性質その他の取引の実情
- 需要者の商標の認識度を調査したアンケートの結果
などがあり、これらを総合的に勘案して判断されます。
同一・類似性の判断は、商標と商品・役務の両方についてなされます(「商標の同一・類似性」+「商品・役務の同一・類似性」)。
他人の先願登録商標と同一又は類似の商標(11号)
十一 当該商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標又はこれに類似する商標であつて、その商標登録に係る指定商品若しくは指定役務(第六条第一項(第六十八条第一項において準用する場合を含む。)の規定により指定した商品又は役務をいう。以下同じ。)又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
他人の先願登録商標と同一又は類似の商標は、商標登録を受けることができません。
これは、他人の先願登録商標との商品・役務の出所の混同を防止するためのものですが、既に登録されている商標と抵触する商標は登録できないという当然のことを規定しています。
10号と同様、同一・類似性の判断は、商標と商品・役務の両方についてなされます(「商標の同一・類似性」+「商品・役務の同一・類似性」)。
一般的に出願前に行っている商標調査は主として本号を検討しているもので、この類否判断が重要になります。
他人の登録防護標章と同一の商標(12号)
十二 他人の登録防護標章(防護標章登録を受けている標章をいう。以下同じ。)と同一の商標であつて、その防護標章登録に係る指定商品又は指定役務について使用をするもの
他人の登録防護標章と同一の商標は、商標登録を受けることができません。これも、商品・役務の出所の混同を防止するためです。
防護標章(法64条~68条)というのは、著名な商標に関して、一定の要件のもとに禁止権の範囲を非類似の商品・役務にまで拡張する制度です。
登録品種の名称と同一又は類似の商標(14号)
十四 種苗法(平成十年法律第八十三号)第十八条第一項の規定による品種登録を受けた品種の名称と同一又は類似の商標であつて、その品種の種苗又はこれに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
登録品種の名称と同一又は類似の商標は、商標登録を受けることができません。
これは、種苗法によって品種登録を受けた品種の名称を特定人に独占させないためです。
出所混同を生ずるおそれがある商標(15号)
十五 他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)
他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標は、商標登録を受けることができません。
「第十号から前号までに掲げるものを除く」とされているように、本号は、10号~14号の包括規定になります。
同一・類似性を要件としている10号~14号に該当しなくても(つまり、商標の類似性や、商品・役務の類似性がなくても)、出所混同のおそれがある商標は、本号により、登録を受けることができないということです。
ぶどう酒又は蒸留酒の産地を表示する標章を有する商標(17号)
十七 日本国のぶどう酒若しくは蒸留酒の産地のうち特許庁長官が指定するものを表示する標章又は世界貿易機関の加盟国のぶどう酒若しくは蒸留酒の産地を表示する標章のうち当該加盟国において当該産地以外の地域を産地とするぶどう酒若しくは蒸留酒について使用をすることが禁止されているものを有する商標であつて、当該産地以外の地域を産地とするぶどう酒又は蒸留酒について使用をするもの
ぶどう酒又は蒸留酒の産地を表示する標章を有する商標は、商標登録を受けることができません。
これらは、世界貿易機関の加盟国のぶどう酒又は蒸留酒の産地を表示する標章であって、そのぶどう酒又は蒸留酒について使用するものだからです。
他人の著名商標を不正の目的で使用する商標(19号)
十九 他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であつて、不正の目的(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。以下同じ。)をもつて使用をするもの(前各号に掲げるものを除く。)
他人の周知商標と同一又は類似で不正の目的をもって使用する商標は、商標登録を受けることができません。
これは、外国の周知商標や、日本の著名商標(「日本国内…における需要者の間に広く認識されている」つまり著名性)に関して、商品・役務の類似性がなくても(10号との違い)、出所混同のおそれがなくても(15号との違い)、不正の目的をもってなされる出願・登録を排除するものです。
例えば、商標審査便覧によれば、
- 外国で広く認識されている他人の商標と同一又は類似の商標を、我が国で登録されていないことを奇貨として、高額で買い取らせるために先取り的に出願したもの
- 日本国内で全国的に著名な商標と同一又は類似の商標について、出所の混同のおそれまではなくても、出所表示機能を稀釈化させたり、その名声を毀損させる目的をもって出願したもの
などが、本号によって排除される例として挙げられています(「商標法第4条第1項第19号に関する審査について」参照)。
まとめ
不登録事由については商標審査基準と商標審査便覧に詳細な解説があり、以上の不登録事由と一緒にまとめると、以下のとおりです。
結び
今回は、商標法を勉強しようということで、商標の登録要件のうち不登録事由について見てみました。
出願しても登録にならない商標については、以下の特許庁HPに解説があります(不登録事由と対応する箇所は、2.と3.の部分)。
▷参考リンク:出願しても登録にならない商標|特許庁HP
[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。
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