今回は、商標法を勉強しようということで、使用主義と登録主義について見てみたいと思います。
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
メモ
このカテゴリーでは、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
ネット上の読み物としてざっくばらんに書いており、感覚的な理解を掴むことを目指していますが、書籍などを理解する際の一助になれば幸いです。
登録主義
商標を法律で保護しようとするとき、権利化の方法論としては、以下の2つが考えられます。
- 使用主義
登録を受けようとする商標は、現に使用され、業務上の信用が化体したものであることが必要であるとする制度
=使用によって権利が発生し、登録はそれを宣言しているだけという考え方 - 登録主義
登録を受けようとする商標は、未だ使用されていないものであってもよいとする制度
=登録によって権利が発生するという考え方
このうち、日本の商標法では、登録主義の考え方を採用しています。
▽商標法18条1項
(商標権の設定の登録)
第十八条 商標権は、設定の登録により発生する。
以前の記事で、”コツコツと積み上げた業務上の信用を勝手に使われてはかなわんので、商標を権利化するのだ”という話を書きましたが、実は、商標法では、マークを実際に使用していなくても、登録をすれば権利化することができます。
商標法上は、実際の使用は不要で、登録が必要、となっています。
つまり、他と区別できるようなマークであれば、まだ使用されていなくてもよい、逆に、使用されたり多数に認知されたりしていても、登録しなければ商標権は発生しない、ということです。
なぜ登録主義をベースにしているのかというと、登録に権利の発生を紐づけた方が、権利の帰属が明確であるためです。
では実際に使用するかどうかは完全に無視なのか?というとそうではなくて、
- 商標登録には「使用の意思」が必要とされていたり(つまり、将来の使用というポテンシャルは必要)、
- 登録しても、3年以上使用していないと「不使用取消審判」を起こされたりして、商標権がなくなったりするリスクがある、
という制度になっています。
つまり、登録によって権利は発生させるけれども、実際に使用されることも一定程度は制度に織り込んでいる、ということです。
使用主義による補完
使用主義による補完として、上記で挙げた例を見てみます。
使用の意思
まず、商標登録の要件として、使用の意思が必要になっています。
▽商標法3条1項柱書
(商標登録の要件)
第三条 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
一~六 (略)
「使用をする」という少しフワッとした言い方になっており、今後近い将来における使用も含まれる表現になっています。
”使用している商標”とか、”使用中の商標”とは書かれていません。
つまり、登録時点では使用の意思があればよいということです。
不使用取消審判
また、登録商標を3年以上使用しなかった場合、他者から不使用取消審判を起こすことができるようになっています。
請求が認められて確定したら、商標権は消滅します。
▽商標法50条1項、54条1項
(商標登録の取消しの審判)
第五十条 継続して三年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標の使用をしていないときは、何人も、その指定商品又は指定役務に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。
第五十四条 商標登録を取り消すべき旨の審決が確定したときは、商標権は、その後消滅する。
使用主義と登録主義の違い
使用主義と登録主義の説明を見てみましたが、いまひとつ、どう違うのか、わかったような、わからないような感じがしがちなところです(管理人自身の経験)。
それは、たぶん、この2つの概念が、「明確に白黒に分かれる」とか「0%と100%に分かれる」とか「オールオアナッシング」というものではなくて、その違いが相対的なものだからだと思います。
つまり、「使用」に関する考え方の、程度問題なわけです。
基本的には、どちらも、商標が業務上使用され、信用が化体したものに権利を認めるべきである、という考え方は、実は共通しています。
ただ、その「使用」が、実際に使用されていることに限られているのか、将来的な使用のポテンシャルでもよいのか、という違いです。
ここの説明は、特許庁の逐条解説に書かれているものが一番わかりやすいかと思います。以下一部を引用しますが、その前後も含めて一読すれば、ああなるほど、となると思うので、オススメです。
▽特許庁「工業所有権法(産業財産権法)逐条解説」(第22版)1539頁
「…各国の立法例も完全にどちらかの主義に基づいて構成されているものではないとしても、それぞれいずれかの主義を基本としているものとはいえよう。また、使用主義や登録主義といっても必ずしも一義的なものでなく、いろいろなニュアンスをもっているのであるが、ここで使用主義とは実際に商標の使用をしていなければ商標登録を受けられないという法制をいい、登録主義とは実際に使用をしていなくても一定の要件さえ満たせば商標登録を受けられる法制をいうものとすると、前者の立場に立つ代表的な例は米国であり、後者の例はドイツであるということができるであろう(なお、ドイツは、1968年1月1日からは登録後における使用を強制する制度を採用している。)。しかし、この二つの立場の対立は本質的な問題ではなく、商標保護政策の考え方の相違によるものといえるのである。…」
「…この二つの主義は、前述したように純粋な型として存在するものはなく、両者の中間にニュアンスの差として存在するのであり、現行法(昭和34年法)は旧法(大正10年法)に比べて商標の不使用取消制度の強化…等によって使用主義的色彩も濃くなっているのである。…」
使用主義で有名なのはアメリカ、というポイントも書かれています。
なお、使用主義のイメージが湧かないと思いますが、大まかなポイントは以下のようです(小谷武「新・商標教室」(2013年)383頁参照)。
- 出願願書には、使用開始日や使用商品の記載が必要 → 使用開始日から商標権が発生したと推定される
- 登録は、権利を宣言するもの(発生を基礎づけるものではない)、という位置づけ
- 侵害事件では、いつからどの商品について商標を使用しているかを証明する必要が出てくる
雑感
結局、登録主義を採用する場合の考え方のベースになっているのは、以下の2点であると思います(管理人の理解)。
①使用の事実ではなく、登録の事実により権利が発生するとした方が、権利の発生と帰属が明確になる
使用の事実により発生するとすれば、自分が過去に使用した事実を証明する必要が出てきますが、時期などによっては証明が難しいケースが出てきます。
ただ、使用主義の方が、”商標が業務上使用され、信用が化体したものに権利を認めるべきである”という基本的な考え方を全うできるという面はあります。
②使用の事実により権利が発生するとすれば、実際の使用を積み重ねなければならないが、後に結局登録できなかったということになると投資が無駄になり酷である
企業であれば、マークを製品にくり返し付する、CMをくり返し流す等々、いわゆる広告宣伝費用をかけてマークを使用し、ブランド化のための投資をします。
そうすると、後日に商標登録をしようとしたときに、もし、諸々の登録要件を満たすことができず、結局登録できなかったということになると、ブランド化のためのこれらの投資が無駄に終わることになりますが、それは酷なことといえます。
逆に、登録主義であれば、近い将来使用する意思がある商標について、出願して登録を完了しておけば、その後、ブランド化のための投資を安心して行えることになります。
登録されていないマークの保護ー不正競争防止法
最後に、では登録をしていない場合はどうなるのか、という話を見てみます。
登録主義では、商標を登録した場合に商標が権利化される(商標権という独占権が発生する)というなら、「では、登録していないマークは、どんなに頑張っていても保護されないのか?」という疑問が湧いてくるところです。
ここで出てくるのが、不正競争防止法です。結論からいうと、登録していなくても、一定の要件を満たす場合には保護されるケースがあります。
商標が、自分の商品・サービスを他人のものと区別するために使用しコツコツ信用を積み重ねたものであるなら、商標登録していなくても(商標法では保護されなくても)、なにか法律で保護すべき場合はありそうに感じます。
登録され権利化されていなくても、他人がコツコツ苦労して信用を積み上げたトレードマークを勝手に使って(ただ乗りして)、自らの利益を上げようとする輩がいたら、それは「フェアじゃない」と思うでしょう。
この「フェアじゃない」という感覚を、競争のルールという形で法律にしているのが「不正競争防止法」といえます。
この法律は、フェアじゃないもの、つまり「不正競争」にあたるものをいくつか列挙して不正競争行為として定義し、これら不正競争行為を禁止するという形で、様々な場面に一定の法的保護を与えています。
商標権と関連するのは、2条1項1号の「混同惹起行為」と、2号の「著名表示冒用行為」です。
簡略的に書くと、以下のような内容になっています。
- 1号:混同惹起行為
他人のマークとして需要者の間に広く認識されている(周知性がある)ものと同一・類似のマークを使用して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為 - 2号:著名表示冒用行為
他人の著名なマークと同一・類似のマークを勝手に使用する行為
1号と2号の違いは、有名のレベル感です(2号の方がハイレベル)。
イメージ的にざっくりいうと、1号は、「周知」つまり”よく知られている”とか”有名”という場合で、2号は、「著名」つまり”全国誰でも知っている”という場合です。
2号の場合(つまり周知を超えて著名となった場合)は、混同を生じさせるものでなくても、使用が禁止されます。特に高い信用・名声・評判を有するに至った著名表示の場合は、著名表示の財産的価値が侵害されていることそれ自体が問題であり、混同が生じているかはもはや重要でない、という理由です。
このように、不正競争防止法では、登録は要らない代わりに、実際に使用されることで「周知」とか「著名」といったレベルまで営業上の信用が化体していなければなりません。また、1号の保護は、マークが「周知」である地域に限定されます。
これに対して、商標法は、商標に営業上の信用が化体しているかどうかを問わず、登録をすることによって、全国的な保護をあらかじめ与えています。
要するに、要件と、効果(保護の範囲)が違っているわけです。
商標法による保護 | 不正競争防止法による保護 | ||
要件の違い | 登録の要否 | 登録が必要 | 登録は不要 |
周知性の要否 | 周知性がなくても保護される | 使用して周知性や著名性が認められないと保護されない | |
効果の違い | 全国的に保護される | 周知性が認められる地域に限られる(※著名性はそもそも全国レベルのものが必要) |
混同惹起行為と著名表示冒用行為については、以下の関連記事にくわしく書いています。
結び
今回は、商標法を勉強しようということで、使用主義と登録主義について見てみました。
[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。
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