今回は、M&A法務ということで、株式譲渡契約(SPA)のうちサンドバッギング条項(sandbagging)について見てみたいと思います。
※株式譲渡契約のSPAというのは、Stock Purchase Agreementの略です
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
メモ
このカテゴリーでは、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
ネット上の読み物としてざっくばらんに書いており、感覚的な理解を掴むことを目指していますが、書籍などを理解する際の一助になれば幸いです。
サンドバッギングとは
サンドバッギングとは、ざっくりいうと、表明保証違反があったときに、表明保証の相手方がその違反につき悪意であっても(あるいは有過失であっても)表明保証責任を追及することができる、ということです。
論点としては、
表明保証の違反があった場合に、表明保証の相手方の主観は表明保証の責任追及の可否に影響するか?
という形で設定されます。ここで「影響しない」というのが、サンドバッギングです。
買主・売主どちらも問題になり得ますが、通常は、売主側の表明保証違反について、買主側が知っていた又は知り得たときに、それでも買主側は「表明保証違反だ!」と言って責任を追及できるかどうか、という話として顕在化します。
もう少し具体的にいうと、買主側が表明保証違反を認識している(または認識し得た)状況で、前提条件を放棄して株式譲渡を実行しておいて、クロージング後に売主側に対して補償請求を行うという場面になります。
よく引き合いに出される裁判例がありますが、場合分けをしないとどういう場面での裁判例かわかりにくいので、以下流れで見てみます。
サンドバッギング条項がある場合
サンドバッギング条項とは、表明保証違反の責任について、表明保証の相手方の主観は影響を与えない旨を定めた条項のことです。
例えば、買主が売主の表明保証の違反を構成しあるいは構成する可能性のある事実を知っていたこと又は知り得たことは、本契約に従ってなされた売主の表明保証に対する違反の効果又はそれに関連する救済手段にいかなる影響も与えない、といった内容の条項として定められます。
アンチ・サンドバッギング条項がある場合
これとは逆に、アンチ・サンドバッギング条項というのもあります。
つまり、表明保証違反について表明保証の相手方が悪意(あるいは有過失)であった場合は、表明保証違反の責任を問えない旨を定めた条項のことです。
別の言い方をすると、”表明保証の違反があった場合に、表明保証の相手方の主観は表明保証の責任追及の可否に影響するか?”という論点設定に関して、「影響する」というのが、アンチ・サンドバッギングです。
例えば、買主が本契約締結日において認識し又は認識し得た事由は、第〇条の規定にかかわらず売主の表明保証の違反を構成しない、といった内容の条項として定められます。
アンチ・サンドバッギング(Anti-sandbagging)なので、サンドバッギングの反対、つまり、買主は、その主観のせいで、売主に表明保証責任を問うことができない、ということです。
どちらの条項もない場合
さて、もちろん、サンドバッギング条項も、アンチ・サンドバッギング条項も、どちらもない場合もあります(というか、それがほとんど)。
これが、裁判例の場面になります(アルコ事件)。ちなみに、アルコというのは、株式譲渡の対象会社の会社名です。
▽東京地判平成18年1月17日判時1920号136頁|裁判所HP(裁判例検索)
「本件において、原告が、本件株式譲渡契約締結時において、わずかの注意を払いさえすれば、本件和解債権処理を発見し、被告らが本件表明保証を行った事項に関して違反していることを知り得たにもかかわらず、漫然これに気付かないままに本件株式譲渡契約を締結した場合、すなわち、原告が被告らが本件表明保証を行った事項に関して違反していることについて善意であることが原告の重大な過失に基づくと認められる場合には、公平の見地に照らし、悪意の場合と同視し、被告らは本件表明保証責任を免れると解する余地があるというべきである。」
表明保証違反があることについて表明保証の相手方(原告=買主)に重過失があった場合には、表明保証責任を免れる余地があるとしている(また、ここが規範つまり一般論的な言い方になっている)ので、よく引き合いに出されます。
ただ、事案としては、買主=原告に重過失は認められないとして、売主=被告の表明保証責任が肯定されています。
契約書の作成・レビューについて(私見)
サンドバッギング条項は、売主側からすれば削除する必要性が高く、さりとて、アンチ・サンドバッギング条項も、買主側からすれば削除する必要性が高いので、結局、書き合いをした後に不記載になるパターンが多いように思います(管理人の観測範囲)。
修正で加筆されてくるケースもなくはないですが、買主側のドラフトのときに最初からサンドバッギング条項がしれっと入っているというケースが、目にする場面としては一番多いのではないかと思います(そもそもそんなに見かけませんが)。
完全合意条項があれば別ですが、それがない場合には特に、書き合いのプロセスも契約解釈の一要素にされる可能性があるので、ドラフトレビューのプロセスでは、相手方に対して明確に「No!」とコメントしておく必要があるように思います。
つまり、当初あったサンドバッギング条項が削除されている、というプロセスで、どちらの条項もないという状態となります。
普通は表明保証からの除外で対応すべきものを、何らかの事情でそうしなかった場合に(例えば、契約締結時点で譲渡価格へ反映させる額の評価が困難であったとかの事情)、両者が合意づくで条項として入れ込むみたいな場面でないと、普通は入らないのではないかと思います。
もちろん、契約リテラシーがない当事者が、よく内容をチェックしないうちに滑り込まされたような場合は別ですが。
結び
今回は、M&A法務ということで、サンドバッギング条項(sandbagging)について見てみました。
[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。
参考文献
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