今回は、M&A法務ということで、株式譲渡契約(SPA)のうち誓約事項(コベナンツ)について見てみたいと思います。
※株式譲渡契約のSPAというのは、Stock Purchase Agreementの略です
コベナンツには、クロージング(取引実行)の前か後かで、大きく
①プレ・クロージング事項(取引実行前の誓約事項。プレクロ事項)
②ポスト・クロージング事項(取引実行後の誓約事項。ポスクロ事項)
がありますが、本記事は①の話です。
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
メモ
このカテゴリーでは、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
ネット上の読み物としてざっくばらんに書いており、感覚的な理解を掴むことを目指していますが、書籍などを理解する際の一助になれば幸いです。
コベナンツとは
コベナンツ(covenants)とは、誓約事項のことで、契約当事者が契約締結後からクロージング(取引実行)まで、あるいはクロージング後において、特定の行為を行う義務や行わない義務を指します。
要するに、クロージングの前後で課せられる付随的な義務のことです。
一般的にはクロージングの前か後かでプレクロ事項/ポスクロ事項に分けて、一定の型みたいなものがありますので、"そういうもの"と理解した方が早い気がします
本記事では、プレクロ事項について見てみます。
プレクロ事項は、クロージング前の場面なので、前提条件による実効性確保が可能です(プレクロ事項の遵守をクロージングの前提条件とし、違反があればクロージングしない)。
また、通常どおり、解除や補償(つまりお金の問題)によることもあり得ます。
プレクロ事項の分類
プレクロ事項にはいろいろなものがありますが、本記事では、
- クロージング(取引実行)に向けた準備
- デューデリで発見された問題点の解消
- 対象会社の事業に関するもの
- その他の一般的な義務
に分けて見てみます。
プレクロ事項①クロージングに向けた準備
株式譲渡制限における同意の取得
これは、対象会社(譲渡する株式の発行体のこと。以下同じ)が株式譲渡制限会社である場合には、売主側が株式の譲渡承認を得るということです。
対象会社の定款の定めに従って、必要な承認機関の譲渡承認決議を得ます。
▽会社法107条1項1号、108条1項4号
(株式の内容についての特別の定め)
第百七条 株式会社は、その発行する全部の株式の内容として次に掲げる事項を定めることができる。
一 譲渡による当該株式の取得について当該株式会社の承認を要すること。
(異なる種類の株式)
第百八条 株式会社は、次に掲げる事項について異なる定めをした内容の異なる二以上の種類の株式を発行することができる。ただし、指名委員会等設置会社及び公開会社は、第九号に掲げる事項についての定めがある種類の株式を発行することができない。
四 譲渡による当該種類の株式の取得について当該株式会社の承認を要すること。
▽会社法139条1項
(譲渡等の承認の決定等)
第百三十九条 株式会社が第百三十六条又は第百三十七条第一項の承認をするか否かの決定をするには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない。ただし、定款に別段の定めがある場合は、この限りでない。
許認可の取得等(法令に基づき必要となる手続)
対象会社の業種によっては、許認可の関係上、株主の交代が届出等の対象となっている場合があったり(要するに業法のイメージ)、M&Aの規模によっては、株式譲渡の実行前に独占禁止法による届出等が必要となる場合があったりします。
そのため、こういった手続を行う義務をプレクロ事項として定めておくということです。
COC条項への対応(契約に基づき必要となる手続)
対象会社が締結している契約のなかには、チェンジ・オブ・コントロール条項(Change of Control:COC)が付いているものがあります。
COC条項は、取引相手方の支配権の移動に対応するためのものであり、株主の変更を含む支配権の変動が解除事由となっていたり、通知義務や事前承諾義務が課されたりしていることがあります。
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契約の一般条項を勉強しよう|チェンジ・オブ・コントロール条項
続きを見る
これに何もしないでおくと、株式譲渡がCOC条項に引っ掛かり、上記のように対象会社が締結している契約の違反になったり、契約終了につながったりすることになる可能性がありますので(つまり、重要な契約の失効リスク)、それぞれの内容に合わせた対応をする必要が出てきます。
基本的に①通知をする/②同意を取得するの2種類ですが、これをクロージングまでに行っておくようにする(プレクロ事項として規定しておく)、ということです。
①の通知については対象会社の意思だけで出来ますが、②の同意取得は相手方のあることなので、どこまで履行を貫徹するか・いつまでに済ませるか等について、それぞれの契約の重要性も考えつつ定め方には幅があり得ます。
対象会社の役員の交代(退任確保)
これは、クロージングまでの間に、売主側から派遣されている役員(いる場合)は退任させておけということです。
クロージングまでの間に売主側が辞任届を取得して買主側に交付することとされることが多いかと思います。
資金調達義務(ファイナンス)
これは、買主側のクロージング前の義務です。
どういうことかというと、買主側がM&Aの代金支払いを資金調達によって行う場合に、最終的に資金調達が可能であったことがクロージングの前提条件とされることがあり、これをファイナンス・アウト条項といったりすることがあります。
しかし、売主側としては、買主側の一存で取引から離脱する可能性を認めることになってしまうため(買主側が資金調達の努力をあえて怠る)、難色を示すことも多いとされます。
この場合の売主側の対応として、ファイナンスの成功に向けて努力する義務をプレクロ事項に入れ込むことが挙げられます。買主側の資金調達を、努力義務として義務付けするということです。
※ファイナンス・アウト事項については、以下の関連記事に書いています
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M&A法務|株式譲渡契約(SPA)-ファイナンス・アウト条項
続きを見る
プレクロ事項②デューデリで発見された問題点の解消
これは、デューデリ(デューデリジェンス)で発見された問題点について、契約締結後からクロージングまでの間に、これを是正する義務を課すということです。
必要な決議がない(書面で確認できない)、必要な届出をしていない、必要な規程がない(あるいは不備がある)など様々なケースがあり得ます。
プレクロ事項③対象会社の事業に関するもの
対象会社の運営(通常の業務の継続)
これは、対象会社の運営について、クロージングまでの間に通常の業務を継続せよというものです。
裏からいうと、特殊なことをするな、ということです。
グループ間取引の解消(売主との関係解消)
対象会社は、売主との間で諸々の取引上のつながりがある場合があります。
例えば、対象会社が売主との間で(つまり売主グループ内で)重要な取引を行っているとか、いわゆるバックオフィス業務をホールディング等で行っているとか(いわゆるシェアド)、あるいはシステムやファシリティー系(オフィス物件etc)で売主から提供を受けている、といった場合などです。
こういったものは、クロージング後は売主グループと関係がなくなるので、取引を解消しておいてねということです。
もっとも、逆に、急にこういったサポートがなくなると事業が立ち行かないというときもありますので、売主が対象会社の事業継続のために必要な措置を一定期間継続することをポスクロ事項として定めておくこともあります。
※ポスクロ事項一般については、以下の関連記事に書いています
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M&A法務|株式譲渡契約(SPA)-コベナンツ(ポスト・クロージング事項)
続きを見る
あるいは、こういったサービスが多くある場合には、クロージング後も一定期間サービスが利用できるように、移行サービス契約(Transition Service Agreement:TSA)を締結することをプレクロ事項や前提条件として定めておくこともあります。
プレクロ事項④その他一般的な義務
独占交渉義務(取引保護条項)
これは、契約締結後からクロージングまでの間に、株式譲渡と矛盾する取引等(第三者とのM&A、その前段階の協議、交渉、DDのための情報提供など)を行うことを禁じるものです。
独占交渉義務といえば、契約締結前の交渉段階におけるもの(LOIなどで定めがあったりなかったりするもの)というイメージがありますが、M&A契約自体にも、取引保護のため似たようなものが設けられることがあるということです
表明保証違反・契約上の義務違反・前提条件不充足の場合の通知義務
これは、クロージングまでの間に、当事者が表明保証違反/契約上の義務違反/前提条件不充足やそのおそれを認識した場合は、相手方に通知するというものです。
双方平等の形ではありますが、主としては売主側の表明保証違反が判明したり前提条件を充足できなさそうな事態が出てきたときには、それを直ちに買主側に知らせなさい、というイメージです
例えば、売主側がクロージング前に表明保証違反を知ったのにそれを買主側に通知しなかった場合は、コベナンツに違反するということになります。
買主側の情報アクセス権
これは、買主側としては、契約締結後も、クロージングまでの間に対象会社の情報へのアクセスが必要なときがあるので(対象会社の状況把握や、取引実M&A後の統合プロセス(Post Merger Integration:PMI)の準備等のため)、買主による情報アクセス権を定めておくということです。
クロージング前は買主側にはまだ対象会社と資本関係がないので、買主側の情報アクセス権を書いておくということです
前提条件充足の努力義務
これは、クロージングの実現に向けて、当事者がそれぞれ前提条件を充足するように、という一般的な(バスケット条項的な)努力義務です。
まとめ
本記事で見たところを表にまとめると、以下のようになります。
類型 | 内容 |
---|---|
クロージングに向けた準備 | 株式譲渡制限における同意の取得 |
許認可の取得等(法令に基づき必要となる手続) | |
COC条項への対応(契約に基づき必要となる手続) | |
対象会社の役員の交代(退任確保) | |
資金調達義務(ファイナンス) | |
デューデリで発見された問題点の解消 | |
対象会社の事業に関するもの | 対象会社の運営(通常の業務の継続) |
グループ間取引の解消(売主との関係解消)※あるいは移行サービス契約の締結 | |
その他一般的な義務 | 独占交渉義務(取引保護条項) |
表明保証違反・契約上の義務違反・前提条件不充足の場合の通知義務 | |
買主側の情報アクセス権 | |
前提条件充足の努力義務 |
結び
今回は、M&A法務ということで、コベナンツのうちクロージング前のもの(プレクロ事項)について見てみました。
次の記事は、クロージング後のもの(ポスクロ事項)について書いています。
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M&A法務|株式譲渡契約(SPA)-コベナンツ(ポスト・クロージング事項)
続きを見る
[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。
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参考文献
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