今回は、M&A法務ということで、株式譲渡契約(SPA)のうち補償条項について見てみたいと思います。
※株式譲渡契約のSPAというのは、Stock Purchase Agreementの略です
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
メモ
このカテゴリーでは、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
ネット上の読み物としてざっくばらんに書いており、感覚的な理解を掴むことを目指していますが、書籍などを理解する際の一助になれば幸いです。
補償条項
補償(indemnification)は、契約上の義務違反や表明保証違反があった場合に相手方の損害を填補することです。
要するにお金の問題であり、その意味では損害賠償請求と同様ですが、法的性質としては一種独特のものと考えられています。
補償の要件
責任論
補償の原因は、
- 表明保証違反
- 契約上の義務違反(※コベナンツの違反も含む)
に大きく分けられますが、要するに契約違反です。
違反者の帰責性の要否に関しては、表明保証違反については、帰責性を要しないという考え方が一般的とされており、他方、契約上の義務違反については、契約当事者は帰責性が必要と考えている場合が比較的多いとされています。
実際の契約書では、文言上、帰責性に関して何も言及がない書き方が多いかと思いますが(管理人の経験範囲)、この場合は通常どおり契約解釈の問題になるほか、明確にしておきたい場合には、その旨の文言を置くべき(ex. 契約上の義務違反に関しては帰責性を必要とすることを明確にしたいのであれば、そのような表現をとる)ということになります
補償の法的性質
ちなみに、帰責性の要否に関してはっきりした説明が難しいのはなぜかというと、補償は日本法における法的性質がはっきり決まっているわけではないためです(英米法系の契約で用いられるindemnificationを直訳したもの)。
こういう場合の法的性質は、だいたい、既存の枠組みを引っ張り出してきて、どれに一番近いかとか、結局独自のものであるとかいったような属性決定に関する議論がなされるのが通常です(法的性質と関連づけて要件や効果の解釈を考えるため)。
補償の法的性質に関しては、表明保証違反の場合を念頭に置いて議論され、
- 債務不履行に基づく損害賠償請求
- 契約不適合(瑕疵担保)責任に基づく損害賠償請求
- 損害担保契約(一定の事実から他人に生じる損害を填補することを他人に約束する契約)
などの例が挙げられますが、表明保証違反の場合は補償請求に帰責性を要しないと一般的に考えられている点で債務不履行とは異なり、また、補償の原因には引渡目的物や移転権利の不適合以外も含まれる点で契約不適合責任とも異なるため、損害担保契約に近いものとされています。
イメージが湧きやすい身近なものでいうと、メーカーによる品質保証契約(製品の品質をメーカーが保証し、製品の欠陥から買主に生じた損害を填補する)に近い、ということです
つまり、契約で定めた事象が生じた場合には、契約内容に従って補償責任が発生する、そういう合意だということです(管理人の理解の仕方)
損害論
因果関係と損害の範囲については、(上記の法的性質論と同様、明確に一致しているという前提ではないものの)債務不履行に基づく損害賠償請求に関する相当因果関係の考え方が参考にされています。
つまり、通常損害(通常生ずべき損害)と、予見可能性を前提とした特別損害(特別の事情によって生じた損害)です。
損害の範囲の限定としては、債務不履行に基づく損害賠償請求におけるそれと同じように、特別損害、間接損害、逸失利益等が含まれない(あるいは含まれる)ことを明確に定めることも考えられます。
ただ、管理人の個人的経験では、そういった定めで着地したものを見たことはない気がします(M&A契約でそれをやり出すと中々合意できないのではないかと)
補償の限定
補償責任の限定としては、大きく、
- 金額の制限
- 期間の制限
があります。
補償の金額による制限としては、補償額の上限を(あるいは煩瑣なものを除くために下限を)設けることなどがあります。
補償の期間による制限としては、売主側から見たときに長期にわたって補償責任を負うリスクを避けるため、クロージングから一定期間(1年から5年程度)の時期的制限を設けてそれ以降の補償請求は認めらない旨を定めることがあります。
特別補償
補償に関しては、以上の一般的な補償規定以外に、特別補償に関する規定を設けることがあります。
特別補償は、デューデリ(デューデリジェンス。以下DD)で発見された問題について、特に個別に補償に関する規定を設けるものです。
どういうことかというと、表明保証違反に関しては、買主が悪意または重過失の場合には表明保証責任を追及できない(補償請求ができない)という解釈もあるため、DDで何らかの問題点が発見された場合は、
- そのままにしておくと売主としては表明保証違反のリスクが生じる一方で、
- (それにもかかわらず)買主としては一般的な補償条項では責任を追及できない可能性が残る、
というリスクが生じることになります。
ということで、通常は、DDで発見された問題については、
- 表明保証からの除外(カーブアウト)を行ったうえで(これにより売主は表明保証違反の心配はなくなる)、
- 買主としては、買収価格に反映する(安くする)か、あるいは特別補償の規定を設けてもしもの場合には金銭的な填補が受けられることを確保する、
(※このほか、問題点の是正をクロージングの前提条件として設けるという処理もある)
ということになります。特別補償はこのように買主側の対応として出てきます。
表明保証違反と買主の悪意重過失の関係については、以下の関連記事に書いています。
-
M&A法務|株式譲渡契約(SPA)-サンドバッギング条項
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表明保証保険
このほか、表明保証違反に関しては、保険もあります。表明保証保険と呼ばれるものです。
表明保証保険とは、表明保証違反を原因とする損害をカバーするための保険のことです。
買主側がする場合は損害保険(表明保証違反によって生じた損害をカバーする)、売主側がする場合は責任保険(表明保証違反によって生じる補償責任をカバーする)ということになります(買主側が行う方が一般的)。
何だかひどく便利なものに見えますが、そもそも保険約款を見るのがひと苦労になりますし(付保対象となる表明保証の範囲、免責事項など)、これはこれで保険会社と(バチバチの?)やり取りになり得るので、実際問題としては余計ややこしい感じになるような気もするところです
救済方法限定条項
補償条項は、救済方法限定条項とセットで押さえておくのがよいです。
救済方法の限定(exclusive remedy)は、契約違反や表明保証違反があった場合の救済方法を契約書で定めた方法に限定するものです。
通常は、SPAに記載されている①補償条項による救済と②解除条項による救済の2つに限定していることが多いかと思います。
これは、補償責任や解除権についてせっかく契約交渉を経て合意に至っても、それ以外の法律上の救済手段(ex. 債務不履行や不法行為に基づく損害賠償請求)などにより責任追及が可能であるとすると、諸々の条件交渉をした意味がなくなってしまうことから設けられるものとされています。
つまり、当事者としてはこれら合意した条件に従って処理することを予定しているのだから、それを明確にしておくということです。
概ね、
- 債務不履行
- 契約不適合
- 不法行為
- 詐欺・錯誤取消
- その他法律構成の如何を問わない
といった形で、契約で定めた以外の救済方法を排除しています。
規定の仕方としては、補償条項や解除条項とは別に、独立した条項として一般条項と同じ位置に定められているのが普通かと思います。
補償や解除と一緒にまとめた感じで書くやり方もあるようですが、管理人個人としてはあまり見たことがない気がします
結び
今回は、M&A法務ということで、補償責任条項と救済方法限定条項について見てみました。
[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。
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