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M&A法務|株式譲渡契約(SPA)-MAC条項

2025年4月20日

今回は、M&A法務ということで、株式譲渡契約(SPA)のうちMAC条項について見てみたいと思います。

※株式譲渡契約のSPAというのは、Stock Purchase Agreementの略です

ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。

メモ

 このカテゴリーでは、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
 ネット上の読み物としてざっくばらんに書いており、感覚的な理解を掴むことを目指していますが、書籍などを理解する際の一助になれば幸いです。

MAC条項とは

MACとは何かというと、Material Adverse Changeの略で、対象会社(譲渡する株式の発行体のこと。以下同じ)に重大な悪影響が及ぶような変化のことです。

materialは「著しい」、adverseは「よくない、不利な」、changeは「変化」の意です

契約締結後クロージングまでの間にこのような事象が発生すると、買主側としては取引から離脱したいと考えることがありますので、”MACが発生していない旨”を買主の義務(代金支払い)の前提条件とするということです。

こういった条項をMAC条項といいます。

※前提条件一般については、以下の関連記事に書いています

関連記事
M&A法務|株式譲渡契約(SPA)-前提条件

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MAC条項が設けられる趣旨

なぜこのようなMAC条項が設けられるかというと、M&A契約の締結からクロージング(取引実行)までには、一定の期間が空くのが普通だからです。

その間に重大なインシデントが起こった場合(それで対象会社の業績や事業環境が悪化した場合)であってもそのまま契約を履行しなければならないというのは、買主側にとってはリスクとなります。

そこで、契約締結後にMACが発生していないことを前提条件としておき、万一このような事態が生じたときには、取引から離脱(MAC OUT)できるような選択肢を用意しておくわけです。

後発的なMACのリスクを売主に分担させるもの、といえます。

MACの取扱い

SPA全体におけるMACの取扱いとしては、通常、表明保証などとも組み合わせて構成されています。

表明保証としてのMAC

つまり、MACの取扱いとしては、表明保証においても売主側の表明保証として

”財務諸表(F/S)の基準日(=要するに決算日)以降に対象会社に重大な悪影響を及ぼす事由が発生していない旨”

が規定されることが一般的です。

これは、表明保証の規定の中では会計的なニュアンスを強く感じる部分のため、「重大な後発事象」というイメージで頭に入っていることもある気がしますが(管理人はそう)、これもMACです。

そして、普通は、前提条件において、

”表明保証が正確である旨”

一般的な前提条件として掲げられますので、ここで既に、MACについて一定程度は前提条件化できていることになります。

前提条件としてのMAC

ではなぜさらに独立して個別にMAC条項が定められるのか?というと、対象時点が異なるためです。

表明保証(契約日を基準時とするもの)+一般的な前提条件でカバーされるのは、”契約日までにMACが発生していない”という表明保証に間違いがないこと、つまり、F/Sの基準日~契約日・・・までに発生したMACということになります。

そのため、これだけだと、契約日~クロージング日・・・・・・までの間に発生するMAC(の不存在)は前提条件化できていないという理屈になります。

ちなみに、表明保証(クロージング日を基準時とするもの)については、普通はクロージングしなければクロージング日基準時の表明保証もしなかったことになるので、クロージングから離脱したいときには効かないことになります

ということで、個別の前提条件として、独立してMAC条項を定めておけば、クロージング日までの間のMACも前提条件としてカバーできるということです。

MAC該当事由

そもそも何をもってMAC(”重大な悪影響を及ぼす変化”)というのか、という話が一番難問なわけですが、本記事では細かい話には立ち入らず、参考裁判例を見てみたいと思います。

参考裁判例

以下の裁判例では、

  • 営業利益の悪化自体は財政状態そのものであって、営業利益の数値に影響を及ぼすような具体的事実(MAC)ではないとか(アの部分)、
  • 社会的な不動産市況の下落等の一般的普遍的な事象についてはMACとなるものではない(イの部分)、

などの解釈が示されています。

※ちなみに、ここで議論されているMACは表明保証の方です

▽東京地判平成22年3月8日判時2089号143頁(※管理人注:被告となっている複数の会社は【被告会社】、被告となっている対象会社は【対象会社】に修正)

「⑵ 本件株式譲渡契約書6条4号3文について
ア 原告は、本件事業計画においてマイナス1580万円と予想された【対象会社】の平成20年9月期の営業利益が実際にはマイナス5420万円であったから、【対象会社】の財政状態に悪影響を及ぼす重要な事実が生じた旨主張する。
 しかしながら、営業利益の数値は財政状態そのものであって、本件株式譲渡契約書6条4項3文における財政状態に悪影響を及ぼす事実とは、営業利益の数値に影響を及ぼすような具体的事実をいうと解すべきであるところ、原告は、平成20年9月期の営業利益の数値に影響を及ぼすような具体的事実を主張していない。
 また、平成19年9月期の決算における営業利益はマイナス2130万円であったところ(甲3)、前記認定事実⑴エによれば、平成20年9月期の決算においては、平成19年9月期に行われた印刷機等の大型設備投資に伴う減価償却費の負担が、平成19年9月期の3070万円から7330万円に増加していることが認められるところ、この減価償却費の負担の増加を考慮すると、平成20年9月期の営業利益は平成19年9月期の営業利益と比較して減少していないこと、本件事業計画における平成20年9月期の営業利益の数値はあくまで予測ないし計画にすぎないものであることからしても、平成20年9月期の営業利益がマイナス5420万円であったことから、【対象会社】の財政状態に悪影響を及ぼす重要な事実が生じたとまで認めることはできないというべきである。
イ(ア) 原告は、本件土地の価値が10億9000万円から4億7900万円に下落したこと、【対象会社】には4億円を超える価値を有する無形固定資産はないこと、【対象会社】には4000万円を超える退職金債務の引当不足があること等を考え合わせると、平成20年11月1日時点で【対象会社】は実質的に債務超過となり、このことは、【対象会社】の財政状態に悪影響を及ぼす重要な事実である旨主張する。
(イ) この点、本件株式譲渡契約書6条は、株式の譲受人である原告が、譲渡対象となっている【対象会社】の保有する資産や負担する債務の状況について十分かつ正確に把握するのが困難であることから、【対象会社】の発行済株式すべてを保有する【被告会社ら】に対し、【対象会社】に関して十分かつ正確な情報が原告に開示されていることを表明し保証させたものと解される。
 もっとも、【対象会社】に関する考え得るすべての情報について細大漏らさず表明保証の対象とするのは譲渡人に過大な負担を課すものであって相当でないし、株式譲渡契約の締結に当たりそのようなすべての情報を譲渡人が把握しなければならないものとも解されない。
 このような観点からすれば、社会的な不動産市況の下落というような、対象会社である【対象会社】の資産に固有に生じるものではない一般的普遍的な事象については、本件株式譲渡契約書2条2項における譲渡代金の調整の原因にはなる余地はあるにしても、本件株式譲渡契約書6条4号3文において【被告A社】による表明保証の対象となり解除の原因となるものではないと解するのが相当である。
 そうであるところ、原告は本件土地の価値がいかなる理由により下落したのかについて主張しておらず、また、平成19年9月30日以降、本件土地の自然的条件、行政的条件等に変化はうかがわれないことからすれば、仮に本件土地の価値が下落していたとしてもそれは社会的な不動産市況の下落等の一般的普遍的な事象に伴うものであると推測され、そのような事情は本件株式譲渡契約書6条4号3文による表明保証の対象になると認めることはできないというべきである。
(ウ)(略)
(エ)(略)
ウ よって、【対象会社】の財政状態に悪影響を及ぼす重要な事実が生じた旨の原告の主張はいずれも採用できない。」

本件株式譲渡契約書6条:【被告会社ら】が、原告に対し、本件株式譲渡契約締結日及び譲渡日において同条各号の事項を表明し保証する旨定めたもの

本件株式譲渡契約書6条4号3文:平成19年9月30日以後、【対象会社】の財政状態に悪影響を及ぼす重要な事実が生じていないことを定めたもの

オーソドックスな整理

何をMACとするかについては、買主側としてはある程度包括的にしたい、売主側としては外延を明確にしたい(あるいはそもそも定めたくない)といった対立軸がベースにあることを前提に考えることになりますが、概念の内容、除外の仕方など、考え出せばキリがないほどあるだろうと思います。

一応、ひとつのオーソドックスな整理の仕方としては、

  • 基本
    基本的には、定義自体は概念的にしたうえで(そうでないと買主側としては意味がない)、具体的に想定される事象については例示列挙しておくことで予測可能性をなるだけ担保する
    (※契約一般でのいつものやり方と同じといえば同じ)
  • 例外(売主側の視点):
    一般的な事象に伴う全体の変化(※上記の裁判例参照)や、SPAの締結や公表等による影響はMACから除外する
  • 例外の例外(買主側の視点):
    全体の変化によるものでも競合他社と比較して殊更に影響を受けている場合にはMACとする

といった型が考えられるかと思います。

契約書のレビューにどう役立つか(管理人の私見)

そもそも何がMACかよくわからない(定義付けが難しい)という点がありますし、限定解釈されがちという話もあったり、実際に発動・役に立つことがあるのかもあまり聞いたことがないという感じで、管理人も、実際に紛争で前面に出てくるのを見た経験は個人的にはありません。

そのわりには、ざっくり一般的な表現で売主側にリスクを分担させる条項なので、(売主側の立場で)読んでいるときには微妙に気になる、という条項であるように思います。

表明保証との関係(組み合わせ方)や、前提条件として規定することと解除事由として規定することの違いなど、M&A契約の構造を理解するときの頭の体操、みたいな感じもしないではないところです(そんな呑気なことを言っていていいのかという話もありそうですが苦笑)。

一応、オーソドックスな整理を知っておいて、それを参考に、あんまり変なことを書かれているときにはきちんとツッコむ、という感じかなと思います。

結び

今回は、M&A法務ということで、株式譲渡契約(SPA)のうちMAC条項について見てみました。

[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。

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