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発信者情報開示制度の改正論|11月最終取りまとめ案

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ネット誹謗中傷の問題に関して、発信者情報開示制度の改正論が引き続き注目されていますが、総務省の「発信者情報のあり方研究会」から、先日、11月を目途と言われていた最終取りまとめの案が出されていました。

ニュースとしては、たとえばこちら。

▽ネット中傷、訴訟しなくても投稿者を開示 総務省が検討|朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASNCD6G17NCDULFA018.html

最終とりまとめ(案)の原文はこちらから。

▽発信者情報開示の在り方に関する研究会(第10回)配布資料|総務省HP
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/information_disclosure/02kiban18_02000119.html

けっこう複雑なので全体はよくわかっていませんが(汗)、とりあえず気になったところを3点ほど書いてみたいと思います。

なお、引用部分の太字や下線などは管理人によるものです。

ポイント1:「訴訟しなくても」の意味は「非訟手続を創設する」という意味であること

1つ目は、「訴訟をしなくても」よいというのは、裁判手続が要らなくなるという意味ではなくて、「非訟手続を創設する」という意味だということです。

ニュースの見出しを見ると、あっ、じゃあ裁判所の手続しなくてもよくなるんだ、と思うような気がしますけど、そういう意味ではないです。従来より簡易な裁判手続として、非訟手続を新たにつくる、という意味です。

「非訟」手続はその名のとおり、「訴訟に非ず」な手続なので、ニュースの見出しは確かに間違ってはいないですけど、「訴訟しなくても(非訟手続をすれば)」という意味なので、個人的には、かなりミスリーディングな見出しだと思います。

用語的には、こういう関係です。訴訟も非訟も、裁判手続です(裁判所の手続なので)。

裁判手続

訴訟手続

非訟手続

非訟手続とは何かというと、これがまた説明が難しいやつなのですが、訴訟のような厳格な手続によらずに、権利義務の内容を裁判所が後見的に判断するもの、という感じです。

ひとことでいうと、訴訟のように当事者対立構造を前提としない(二者対立構造をとってもとらなくてもよい)、というのがポイントです。

イメージ的には、こういう感じです。

【訴訟】

    [裁判所]

  提訴 ↑ ↓ 中立の立場から判断

[原告]  VS  [被告]

【非訟】

〇当事者対立構造をとらないパターン(ex.成年後見の申立てなど)

  [裁判所]

申立 ↑ ↓ 後見的な立場から判断

  [申立人]

〇当事者対立構造をとるパターン(ex.遺産分割審判など)

     [裁判所]

   申立 ↑ ↓ 後見的な立場から判断

[申立人]  VS  [相手方]

新しく創設される非訟手続は、当事者対立構造をとるパターンのようです(相手方には、アクセスプロバイダやコンテンツプロバイダが想定されている)。

参考まで、訴訟と非訟の主な相違点を表でまとめると、こんな感じです。

ざっくりいうと、非訟の方は、手続的な規律がかなり緩い手続だということです(その分、制度設計が弾力的であり、反面、権利の手続的保障の面では弱い)。

 

訴訟手続

非訟手続

当事者

当事者対立構造を必ずとる

当事者対立構造をとってもとらなくてもよい

手続

必要的口頭弁論
厳格な証明が必要

審問(審尋)
自由な証明で足る

裁判所の判断の形式

判決

決定

ポイント2:従来2回必要だった裁判手続が1回の裁判手続で済むかもしれないこと

2つ目は、従来2回必要だった裁判手続が、1回の裁判手続で済むようになるかもしれない、ということです。

ここはかなりメリット大きいところではないかと感じます。

従来、本人特定のための開示請求の流れは、典型的には以下のような感じでした(2段階の手続が必要)。

以下の、コンテンツプロバイダっていうのは、ネット掲示板とか、SNSとかの、メディアサービスのことです。

普段、インターネット接続のために契約している「プロバイダ」と言っているイメージなのは、アクセスプロバイダの方です(いわゆるISP。インターネットサービスプロバイダ)。

本人特定のための2段階の手続

媒体(コンテンツプロバイダ)に対する開示請求  
✓IPアドレス等を開示請求。開示を受けても、相手が誰かはまだわからない
任意開示がされない場合は、裁判所に対し、発信者情報開示の仮処分の申立て裁判手続①

 ↓

プロバイダ(アクセスプロバイダ)に対する開示請求
✓①で開示を受けたIPアドレス等を元に、発信者の住所・氏名等を開示請求
任意開示がされない場合は、裁判所に対し、発信者情報開示請求訴訟(及び消去禁止の仮処分申立て)(裁判手続②
✓この開示を受けられれば、本人特定に至る

これが、新しく創設される非訟手続では、開示請求をする者が、コンテンツプロバイダを相手方として裁判所に対して開示命令の申立てをすれば、その手続のなかで、アクセスプロバイダの特定もできるようにしていくようです。

それで、最終的に開示要件を満たすと判断された場合には、裁判所がコンテンツプロバイダ及びアクセスプロバイダに対して開示命令を出す、という形になるようです。

非訟手続において裁判所が出す命令は、①開示命令、②提供命令、③消去禁止命令、の3種類を想定しているようで、この組み合わせが非常によく出来ている気がします(←私見です)。アクセスプロバイダにおけるログの保全も含めることの出来る仕組みになっているようです。

ちょっと長いですが、以下の部分が新しい制度の骨子(と管理人が思うところ)なので、引用しておきます。

▽最終とりまとめ(案)(第3章の3の(1))

3. 新たな裁判手続(非訟手続)について
(1) 裁判所による命令の創設(ログの保存に関する取扱いを含む。)
 非訟手続として、1つの手続の中で発信者を特定することができるプロセスとともに、上記プロセスの中に、特定のログを迅速に保全できるようにする仕組みを導入する場合、例えば、裁判所が、被害者からの申立てを受けて、新たな裁判手続(非訟手続)として、以下の3つの命令を発することができる等の手続を創設することが考えられる。これらの3つの命令を一体的に非訟手続として位置づける方法をとることにより、1つの手続の中で発信者を特定し、より円滑な被害者の権利回復を可能とする手続が実現すると考えられる。
①コンテンツプロバイダ及びアクセスプロバイダ等に対する発信者情報の開示命令(以下「開示命令」という。)
②コンテンツプロバイダが保有する権利侵害に関係する発信者情報を、被害者には秘密にしたまま、アクセスプロバイダに提供するための命令(以下「提供命令」という。)
アクセスプロバイダに対して、コンテンツプロバイダから提供された発信者情報を踏まえ権利侵害に関係する発信者情報の消去を禁止する命令(以下「消去禁止命令」という。)
 提供命令を創設し、裁判所による決定手続による開示判断と組み合わせることで、提供命令によりコンテンツプロバイダの発信者情報からアクセスプロバイダを早期に特定し、アクセスプロバイダとコンテンツプロバイダの審理をまとめ、1つの開示判断で開示可能になることが考えられる。
 さらに、提供命令により早期にアクセスプロバイダを特定するとともに、アクセスプロバイダが発信者の住所氏名を保有している場合、消去禁止命令により、権利侵害に関係する特定の通信ログ及び当該通信ログに紐付く発信者の住所・氏名等を早期に確定し、開示決定まで保全することが可能になると考えられる。

ポイント3:発信者側から異議が出れば通常の訴訟手続に移行すること

3つ目は、しかし、1回の非訟手続で済むというのはおそらくフィクションで、実際には、裁判所の開示判断に対して発信者側から異議が出ると思われるので、結局は通常の訴訟手続に移行する可能性が極めて高いことです(←私見です)。

というのは、非訟手続において裁判所が出した開示可否判断に異議がある場合には、従来の訴訟手続に移行する、という形にするようだからです。

若干説明すると、従来の訴訟手続と新しく創設される非訟手続は併存させるという案が有力で、非訟手続で異議が出た場合には訴訟手続に移行する、という風になるようです。

▽最終とりまとめ(案)(第3章の2)

2. 実体法上の開示請求権と非訟手続の関係について
 次に、請求権を存置しこれに「加えて」非訟手続を新たに設ける場合(案2)には、原則としては非訟手続において迅速な解決を図り、非訟手続における開示可否判断に異議がある際に、訴訟手続において慎重な審理を行うというプロセスが想定される。
 この場合の利点としては、
①争訟性が低く訴訟に移行しない事件については非訟手続限りでの早期解決が可能になること、
②請求権を持つという被害者の地位が現行法と同程度に確保されること、
③争訟性が高い事案において開示可否判断に異議がある際には従来どおり訴訟手続が保障されること、
④非訟手続の開示決定であっても実体法上の請求権に基づく履行強制が可能であり執行力が確保されること、
⑤非訟手続において異議がなく開示可否が確定した場合には既判力が生じるものとすることができ、濫用的な蒸し返しが防止できること、
⑥実体法上の請求権に基づき、現行法と同様に裁判外での開示が可能であること
⑦争訟性が高い事案において開示可否判断に異議がある際には公開の訴訟手続に移行し、問題となった争点についての裁判例の蓄積が図られること
等が挙げられる。

まあ、普通に考えれば、非訟手続で裁判所が開示決定を出す非訟手続で相手方となっているプロバイダが発信者に意見照会する発信者は異議を出すそれに沿ってプロバイダは開示決定に対する異議を出す通常の訴訟手続に移行する、という風になるだろうと思います。
(=上記⑤のパターンは少ないと思われる)

少なくとも、現行の任意開示手続においては、そういったパターンになっています。

若干説明すると、現行のプロバイダ責任制限法(「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」)でも、任意開示の手続において、発信者への意見照会がされることになっています(4条2項)。

(発信者情報の開示請求等)
第四条 特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、次の各号のいずれにも該当するときに限り、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下「開示関係役務提供者」という。)に対し、当該開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)の開示を請求することができる。
一 侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。
二 当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき。
 開示関係役務提供者は、前項の規定による開示の請求を受けたときは、当該開示の請求に係る侵害情報の発信者と連絡することができない場合その他特別の事情がある場合を除き、開示するかどうかについて当該発信者の意見を聴かなければならない

で、現時点では、実際どういうパターンが多いかというと、アクセスプロバイダから発信者に意見照会がいく発信者は異議を出すそれに沿ってアクセスプロバイダは任意開示を拒否する開示請求者は訴訟へ進む、という流れが多いわけです。

ここから推論すると、新しい非訟手続のもとでも、裁判所が開示決定を出したとき、発信者は(ほぼ間違いなく)異議を出すでしょうから、訴訟手続に進むのは半ば必然だと思われます。

結び

まとめると、2回の裁判手続きが1回の裁判手続きになるが、裁判手続き自体が要らなくなるわけではない、ということだと整理できます。

また、1回の裁判手続きというのも、非訟手続の申立開示決定に対して発信者側から異議が出る訴訟手続に移行、というのを一連の手続と見て、「1回」と言っている、ということです。

これをどういう風に評価するかはまぁ人それぞれだと思いますが、個人的には、これまでハイコストだった開示請求が、ミドルコストになる位の感じだと思われます。

言葉を変えれば、これまでよりマシにはなるが、開示請求する側の高コスト感を解消するまでには至らないだろう、という風に個人的には思います。

なぜかというと、結局、任意開示の範囲は増えず、裁判手続1回は開示請求者側の負担になるからです。

非訟手続であっても裁判所の手続である以上、普段やってない人がやるのは難しく、弁護士に頼まざるを得ないでしょうし。また、仮に申立て自体は頑張って本人だけで出来たとしても、異議が出て訴訟になると難しいと予想されます。それらの弁護士費用は、開示請求する側の負担です。

明らかに権利侵害としか思えないような表現でも、通常は任意開示されない、という、(管理人的には)最も重要な問題点には切り込んでいないと感じます。

その点(=任意開示の範囲を拡張させる方策)については、中間とりまとめ案と同様、詳細なガイドラインをつくろう、という点のみです。

そこに切り込まない(切り込めない?)以上、裁判手続を簡易化する、というベクトルしか残らないわけですが、そこについては非常に練られた、かつ、けっこう攻めてる案が出てきた、という感じがします。
(※細かいことをいうと、理論的には「訴訟の非訟化」というものであるため、民事訴訟法や憲法の観点で、理論的な面からの批判が出てきてもおかしくはないので、けっこう攻めてる、という意味
。そこをフォローするためにも、異議が出た場合の通常訴訟への連結は必須)

というわけで、おそらく、今後は、(明らかにおかしい表現も含めて、)開示請求する側は、非訟手続の申立開示決定に対して発信者側から異議が出る訴訟手続に移行してそこで争う、というルートをたどることになるだろう、と思われます。

7月中間とりまとめ案を見たときの感想についてはこちら。

▽参考記事|7月中間とりまとめ案

発信者情報開示請求制度の改正論|7月中間とりまとめ案

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[注記]
本記事は管理人の私見であり、管理人の所属するいかなる団体の意見でもありません。また、正確な内容になるよう努めておりますが、誤った情報や最新でない情報になることがあります。具体的な問題については、適宜お近くの弁護士等にご相談等をご検討ください。本記事の内容によって生じたいかなる損害等についても一切の責任を負いかねますので、ご了承ください。

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