今回は、M&A法務ということで、株式譲渡契約(SPA)のうち前提条件について見てみたいと思います。
※株式譲渡契約のSPAというのは、Stock Purchase Agreementの略です
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
メモ
このカテゴリーでは、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
ネット上の読み物としてざっくばらんに書いており、感覚的な理解を掴むことを目指していますが、書籍などを理解する際の一助になれば幸いです。
前提条件とは
まずはそもそも前提条件とは何なのか?という話から。
”前提条件”というからには何かの前提なわけですが、何の前提条件かというと、取引実行の前提条件です。なので、取引実行条件ともいいます。
取引実行というのはいろんな言い方がありますけれども、M&Aでは「クロージング」という言葉が使われるのが一般的かと思います。他にも、不動産取引とかだと、代金支払及び物件の権利移転・引渡日のことを「決済日」とか言いますよね。結局「クロージング」でも「決済」でも指し示している事は同じといえば同じで、取引実行のことです。M&Aではこれをクロージングといいます。
話を戻すと、前提条件というのは、クロージングの前提条件です。クロージングの前提条件ですから、満たさなかった場合にはクロージングしないことができる、ということになります。
つまり、クロージング日に前提条件が満たされていなければ、クロージング(=売主なら権利の移転、買主なら代金の支払い)をしないことができる、ということです。
そもそもの前提が欠ける、クロージングの前提が欠けるからクロージングしない、というニュアンスですね。
ちなみに、前提条件はconditions precedentなのでCPと呼ばれたりもします。conditionsは「条件」、precedentは「先行する」の意です
前提条件は売主側にも買主側にもある
売主側にとってのクロージングは、一般的にいうと権利の移転や引渡し等であり、株式譲渡契約(SPA)でいうと、株式の譲渡になります。
他方、買主側にとってのクロージングは、代金支払いです。
当然ですが、このように売主側・買主側のどちらにもクロージングがありますので、前提条件も、売主側・買主側のどちらにもあります。
ただ、普通は、おカネを出す買主側の方が、売りモノである売買の目的物、つまり株式やひいては対象会社(=譲渡する株式の発行体のこと。以下同じ)に関する事柄をはじめとして、クロージングに関していろいろと注文をつけます。
なので、買主の義務の前提条件の方が、売主の義務の前提条件よりもずっと数が多いものになります。
前提条件が設けられる趣旨
前提条件の目的は、取引を実行する前提を欠いているようなシチュエーションになったときに、後からお金の賠償(=補償請求)で埋め合わせをするとか、即ちに解除をして全部契約を巻き戻すことに即つながるというのではなく、いったん「クロージングをしない」という選択肢がすぐ取れるようにしている、という感じです。
普通、M&A契約では救済方法の限定条項があって(▷参考記事はこちら)、契約違反があった場合の救済は補償請求か解除に絞られています
しかし、後からお金の問題にしても(いったん履行してしまうと)解決しないケースもありますし、即解除しかできないというのも不便です
そこで、いったん「クロージングしない」という選択肢がとれる、という手っ取り早い応急処置を設けているわけです
そのため、前提条件を満たしてもらえなかった側の当事者としては、それを押してもやはりクロージングするという選択肢も取れるように、前提条件の放棄ということもできるようにしています。
いったんクロージングしないという選択肢が取れるようにしておくんだけども、諸々考慮して、やっぱり取引は実行したうえで、後のフォローはこういう方法で行う、といったような選択肢も取れるようにしているわけです。
前提条件の内容
では、取引を実行する前提とは具体的にどういうものなのか、以下、前提条件の全体像をざっと見てみます。
表明保証が正確であること
1つ目にくるのは、だいたい、表明保証の正確性です。
表明保証は、M&A契約に限らず大型の取引の場合にはよく行われますが、その表明保証の内容が真実かつ正確であったという事、つまり契約日時点とクロージング日時点において真実かつ正確であったということ、それが取引実行の前提条件だということです。
表明保証はよく「レプワラ」(=Representations and Warrantiesの略)と言われますが、レップしているにもかかわらず、それが事実と異なっていた/または正確でなかったということが判明した場合は、取引を実行する前提を欠くというのは、感覚的にもわかりやすいところかと思います。
契約上の義務を遵守していること
2つ目にくるのは、だいたい、契約上の義務に違反がないことです。
一言でいうと契約上の義務の遵守ですが、要するに、「やるべきこと」をやっていることと、「やってはいけないこと」(=禁止事項)をやっていないことです。
特にコベナンツのプレクロ事項、要するにクロージングまでのコベナンツ(誓約事項)を履行していることを、主として念頭に置いていることが多いと思います。
※コベナンツのプレクロ事項一般については、以下の関連記事に書いています
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M&A法務|株式譲渡契約(SPA)-コベナンツ(プレ・クロージング事項)
続きを見る
このように内容的には、”プレクロ事項が遵守されていること”というのは前提条件になるので、プレクロ事項として書かれていることは、ほぼまるまる前提条件に持ってこられていることになります。
そうすると、プレクロ事項として掲げられている個別の事項を、前提条件としても重ねて書き出す必要はあるのか?という疑問も湧くところです。
プレクロ関連事項
とはいえ、M&A契約では、契約締結からクロージングまでの間に当事者が果たすべき義務(コベナンツのプレクロ事項)が多く設けられるため、これらの義務の履行状況は、しばしば前提条件としても再度確認されます。
意味合いとしては、(たとえ内容的に重複するとしても)極めて重要な根本事項については前提条件として明示しておくとか、あるいは前提条件の書きぶりとして「重要な」違反がないこと、といった重要性による限定などがなされているときもありますので、前提条件への該当性が左右されないようにやはり大事なことは特別に独立にくくり出している、というようなことです。
以下、いくつか例を見てみます。
株式譲渡の承認の取得
譲渡対象会社の定款(あるいは株主間契約)において、株式の譲渡について取締役会や株主総会の承認が必要とされている場合、その承認(譲渡承認)を得ることが前提条件となります。
この手続が完了していなければ、そもそも有効な株式譲渡が実行できず、クロージングに支障を来すため、前提条件としても個別に掲げられる典型例かと思います。
行政上の許認可や独占禁止法上の届出等の完了
対象会社の事業に関連して、行政機関の許可・届出が必要となるケースや、M&Aが一定規模に達することで独占禁止法上の企業結合の事前届出が必要となる場合があります。
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独占禁止法を勉強しよう|企業結合規制
続きを見る
これらの法令上の手続が適法に完了していることは、クロージングの実施において不可欠であり、前提条件として定められるのが一般的です。
関連契約の締結
クロージングと同時に発効させることを予定している契約(e. 役員退任の合意書、新たな業務委託契約、知的財産の譲渡契約など)について、事前にその締結準備が完了していることを前提条件とすることがあります。
これにより、クロージング後の事業運営が円滑にスタートできるようになります。
COC条項への対応
契約の中には、企業の支配権が変更された場合に契約の解除や変更が可能になる「Change of Control(COC)条項」(チェンジ・オブ・コントロール条項)が含まれていることがあります。
対象会社が第三者との間でこのような契約を締結している場合、買収によって支配権が変動することに伴い、契約相手方の同意を取得する、あるいは契約内容を事前に調整しておくことが必要です。
これがなされていないと、クロージング後に重要な契約が失効するリスクがあるため、前提条件としても慎重に扱われます。
デューデリで発見された問題点の改善
買主側によるデューデリジェンスの結果、コンプライアンス上の問題や契約書の不備、税務リスクなどが発見されることがあります。
それらの問題点が一定の基準まで是正・改善されていることを前提条件として定めることがあります(これにより買主としては安心してクロージングに進むことができる)。
必要書類の交付
株式譲渡契約書や関連契約書、議事録、株主名簿、印鑑証明書など、クロージング時に必要な書類がすべて揃っていることも、取引実行に不可欠な条件です。
これらの書類が整っていないと、取引を完了させることができません。
その他の前提条件
その他には、MAC(重大な悪影響を及ぼす変化)条項、ファイナンス・アウト条項などがあります。
MAC条項
MAC条項は、契約締結後に対象会社やその事業に重大な悪影響が生じた場合には、買主側がクロージング義務を免れることができるとする条項のことです。
MACというのは「Material Adverse Change」(マテリアル・アドバース・チェンジ。重大な悪影響を及ぼす変化)の略で、株式の発行体である対象会社に重大な悪影響を及ぼすような事由のことをいいます。
要するに、契約を締結した後クロージングまでの間にこういった重大なインシデントが起こっていないこと、というのが前提条件になっているわけですね。
ただし、「重大な悪影響」の定義があいまいな場合も多く、実務上は慎重な交渉が必要とされます。
MAC条項については、以下の関連記事にくわしく書いています。
ファイナンス・アウト条項
ファイナンス・アウト条項は、買主側が第三者からの資金調達(銀行借入など)を前提にしている場合に、その資金調達が実行されなかった場合には買収義務を免れるという条項のことです。
買主側の事情による契約解消リスクとなるため、売主側からは慎重に検討されます。
SPAでいうと、株式譲渡の支払代金(買収資金)をファイナンスする予定である場合に、つまり資金調達をする予定である場合に、その資金調達がうまくいくことがクロージングの前提条件になるということです
買収資金のファイナンスとは何かというと、買収って基本的には金額が巨大になることが多いので、自前のキャッシュ一括でポン、というふうにはならないことも多いわけです。
そのファイナンスがうまくいくことが、取引実行、つまり買主側の義務である代金支払いの前提条件ですということです。
ファイナンス・アウト条項については、以下の関連記事にくわしく書いています。
前提条件を充足しなかった場合-最後はどうなるのか?
では、クロージングの時点で前提条件を充足しなかったということで、実際にクロージングしなかった場合にはどうなるのでしょうか。
前提条件の効果として、直接は「クロージングを行わないこと」(=walk away)ができるわけですが、通常は、一定の期間の経過が解除事由とされているので、その時点で解除して終わらせることになります。
その解除権を行使するまでの期間は、いわばバッファというか、要するに判断をする時間(そのまま終わらせるのか、何か手当をしたうえで改めてクロージングに進むのかという判断)ということになります。
もちろん、その事態が解除事由に含まれる場合には、直接(つまり一定の期間の経過を待たずに)解除という手段に出るという選択肢もあります
結び
今回は、M&A法務ということで、株式譲渡契約(SPA)のうち前提条件について見てみました。
[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。
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