民法(債権法)の勉強を進めていると、威圧感たっぷりの言葉に出会うことがあります。その名も「特定物ドグマ」。
実はこの考え方、近年の民法改正(債権法改正)によって否定され、現在の条文上は過去のもの(立法的に解決済み)となっています。しかし、現行法の成り立ちや沿革を理解するため、あるいはかつての民法の思考の枠組みを知るために、今でも大学の講義や基本書で触れられるトピックのひとつです。
今回は、この特定物ドグマについて、その仰々しいネーミングの裏にある意外とシンプルなロジックを読み解いていきましょう。
そもそも「ドグマ」って何?〜ジョブズの伝説のスピーチから〜
法学の話に入る前に、少し俯瞰してドグマ(Dogma)という言葉自体について考えてみましょう。
ドグマとは、元々は宗教的な「教義」を指す言葉ですが、一般的には「批判や検証を許さない、凝り固まった考え方」「盲信されている独断」といった、どちらかというと否定的なニュアンスで使われることが多い言葉です。
身近な例を挙げると、Appleの創業者であるスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行った伝説のスピーチの中で、この言葉が登場します。
"Don't be trapped by dogma — which is living with the results of other people's thinking."
(ドグマにとらわれてはいけない。それは、他人の思考の結果を生きてしまうということだからだ。)
法学において「特定物ドグマ」と呼ばれるようになったのも、かつての学者が「これは絶対にこう考えるべきだ!」と理論的にガチガチに固執してしまった結果、現実の取引から少しズレてしまった……という歴史的な背景(反省)が込められているためです。
特定物ドグマのロジック:中古車で考えてみよう
では、その”凝り固まった考え方”の中身を見てみましょう。複雑な学説の対立に見えますが、考え方自体はとてもシンプルで、演繹的(前提から理詰めで考えること)な思考の産物です。
例として、「この世に1台しかないヴィンテージの中古車」の売買契約を想像してください(このような、代わりが利かない物を「特定物」と呼びます)。
かつての特定物ドグマ(法定責任説)の思考回路はこうでした。
- 唯一無二である:
「この中古車」は世界に1台しかない - 瑕疵(キズ)のない「この中古車」は存在しない:
もしその車に隠れたエンジンの欠陥(瑕疵)があったとしても、「欠陥のない、全く同じヴィンテージ車」はこの世に存在しない - 義務の履行は完了している:
したがって、売主は「欠陥があるその中古車」をそのまま引き渡せば、とりあえず「引渡し義務」は100%果たした(債務不履行ではない)ことになる。それしか存在しないのだから
しかし、ここで問題が起きます。
買主からすれば、欠陥がないと思って高いお金(代金)を払ったのに、欠陥車を渡されて「はい、義務は果たしましたよ」と言われるのは、有償契約における等価的均衡が保てない(不公平すぎる)ということです。
そこで昔の民法(の解釈)は、引渡し義務は果たしたことにしてあげるけど、あまりに不公平だから、法律の力で強制的に売主に瑕疵担保責任という特別なペナルティ(契約解除や損害賠償)を負わせよう!としました。
これが特定物ドグマを前提とした、かつての法定責任説の典型的な考え方です。
ドイツでの否定と日本民法の改正
理詰めとしては美しい特定物ドグマですが、よくよく考えると、いや、普通の感覚でいえば、キズモノを渡しておいて「約束はちゃんと守りました(債務不履行ではありません)」っていうのはおかしくない?と多くの人が思い始めました。
「特定物であれば瑕疵(キズ)があっても、それを引き渡せば債務不履行にはならない」という考え方は、やはり現代の取引社会の実態や一般人の感覚から乖離しているだろう、ということです
実は、この法理論の本場であるドイツ法においても、このような極端なドグマは実務感覚に合わないとしてすでに否定されていました。
そして日本でも、近年の債権法改正によってこの考え方が払拭されました。
改正後の現行民法では、特定物ドグマを否定し、種類物だろうが特定物だろうが、契約の内容(品質)に合っていないものを渡したら、それはシンプルに契約違反(債務不履行)だよねという、非常にわかりやすいルール(契約不適合責任)に一本化されたわけです。
| 比較 | かつての考え方(特定物ドグマ) | 現在の民法(改正後) |
|---|---|---|
| 前提 | 特定物は「そのまま渡せば義務完了」 | 特定物でも「契約した品質で渡す義務がある」 |
| 欠陥があった場合 | 債務不履行ではない | シンプルに債務不履行(契約不適合) |
| 責任の根拠 | 瑕疵担保責任は、法律が特別に定めた責任(法定責任) | 契約不適合責任は、契約を守らなかったことへの責任(契約責任) |
結び:法学は「頑固親父」との対話
管理人も初学者のころ、「特定物ドグマ」という字面を見ただけで、なんだかヤバそうな哲学が始まった…と威圧感を感じたものです。
しかし、今回見てきたように、(さらに深淵な学説の対立などはいったん措いておくとして)芯にある主張を紐解いてみれば、「世界に一つしかないんだから、それを渡せば義務自体は果たしたことになるだろ!」という、ある種の屁理屈(?)を言っているにすぎません。
言ってみれば、一見いかつい頑固親父みたいな風貌をしているのに、いざ話してみれば案外普通の人だった、という感覚です。
法学を学んでいると、こういうことの連続です。権利外観法理もそうですし、実は大学を卒業して実務家になってからでも、例えばヨーロッパのGDPR(一般データ保護規則)のような新しいルールに対して、最初は同じように「うわ、難しそう…」と身構えることがよくあります。
それでも、一つひとつ噛み砕いていけば必ず「なんだ、そういうことか」と腑に落ちる瞬間がやってきます。特定物ドグマは、法学部生が最初に出会う、その代表例のひとつなのです。
恐れずに、頑固親父たちとの対話を楽しんでいきましょう!
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