今回は、秘密保持契約(Non Disclosure Agreement。以下「NDA」)を勉強しようということで、秘密情報の定義について見てみたいと思います。
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
メモ
このカテゴリーでは、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
ネット上の読み物としてざっくばらんに書いており、感覚的な理解を掴むことを目指していますが、書籍などを理解する際の一助になれば幸いです。
秘密情報の定義
NDAというのは、ざっくりいうと、最初の方で秘密情報の定義を決めて、それから次に秘密情報の取扱い方を決めていく、という構造になっています。
ということで、秘密情報の定義は、NDAが適用される範囲を画することになるので、前提として重要なところといえます。
というのは、それ以外の条項でどんなに工夫して緻密に定めていても、NDAの適用範囲外であれば意味がないからです。
法律上の定義
何でもそうですが、まず法律に定めがあるものは、それが(ものを考えるときの)基本線になるので、一応押さえておきたいと思います。
秘密情報の定義を考えるときに手掛かりになるもので法律で定めがあるのは、不正競争防止法上の「営業秘密」の定義になります。
▽不正競争防止法2条6項
6 この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。
箇条書きにすると、
- 秘密管理性(「秘密として管理されている」)
- 有用性(「事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」)
- 非公知性(「公然と知られていない」)
となり、営業秘密の3要件などと呼ばれています。
営業秘密の法律上の定義については、以下の関連記事にくわしく書いています。
ただ、①の秘密管理性の認定がかなり厳格に解されており、これをそのまま使うと、NDAで扱う「秘密情報」としては範囲が狭すぎるきらいがあるので、実際の契約書でそのまま使われていることはほぼ無いと思います(少なくとも管理人は見たことがない)。
そもそもNDAにおける「秘密情報」というのは、秘密保持義務の対象になるものなので、開示側からすれば広い方がよく、受領側からすれば狭い方がよいことになります。
ということで、法律上の定義を(前提理解として)頭の隅に置きつつも、実際のNDAでは、以下のように広狭さまざまな定義が用いられます。
包括的な定義(開示当事者に有利)
まず、秘密情報の範囲を広くとる方から見てみます。
一番包括的な定義は、何も限定しないもので、例えば、
本目的のために、口頭、文書、電磁的媒体その他の媒体又は開示の方法を問わず、開示当事者が受領当事者に開示した一切の情報並びに本契約の内容及び存在
といった定義になります。本目的というのは、秘密保持契約書で情報をやり取りする目的のことで、前文や1条で言及されていることが多いです。
例えば、M&Aでは、譲渡側(売り手側。Seller)が発行体に関して開示する情報が多いわけで、「このNDAでやってください」という形で譲渡側から出てくるNDAなどは、こういう包括的な定義のものが多い印象があります。
ほかには例えば、
本目的の検討により受領当事者が知り得た開示当事者の技術上、営業上その他業務上有用な情報
といったように、先ほど見た営業秘密の定義から秘密管理性の要件を抜いたような表現を用いるものもあります。
一番包括的な定義に比べると、技術上・営業上その他業務上の有用性という表現で、抽象的なレベルではあるものの、多少限定されているといえます。
「有用な」という表現が入っていない場合もあります(そのケースの方が多いかと思います)。そうすると、その分またちょっと広くなったりします。
要は、こういった表現を用いながら、微妙に調整しようと頭をひねるのが秘密情報の定義の書き方かなと思います。
限定的な定義(受領当事者に有利)
何らかの形で限定していこうというやり方も、いろいろなものが見られます。
経産省「秘密情報保護ハンドブック」
まずは公式な参考資料として、経産省の「秘密情報の保護ハンドブック(平成28年2月)」(以下「経産省ハンドブック」)を見てみると、たとえば「第4 業務提携の検討における秘密保持契約書の例」では、
甲又は乙が相手方に開示し、かつ開示の際に秘密である旨を明示した技術上又は営業上の情報、本契約の存在及び内容その他一切の情報
といった表現が用いられています(163頁)。
これは、「秘密である旨を明示する」というやり方で、秘密情報を限定・特定しようとしているわけです。
限定方法の種類
以下では、秘密情報の限定方法をいくつかまとめてみたいと思います。
秘密情報を特定する手順や方法を定める方法
これは、上記のように、秘密である旨の明示を求める方法です。秘密情報を限定しようとするときの一番オーソドックスなやり方かもしれません。
ではどういう手順や方法で明示することにするのか?という点にいくつか工夫が考えられます。
書面や電子データであれば、例えば、社外秘、CONFIDENTIAL、といった表示があるもの、とするのが通常です。
口頭の場合は、「開示の日から●●日以内に開示当事者が受領当事者に対し、開示年月日、情報の内容etc…を記載し秘密である旨を明示した書面で通知すること」といった方法で、事後の書面による明示を課して限定・特定することが多いです。
この点に関し、経産省ハンドブック164頁では
また、口頭や映像等で情報が開示される場合に備え、以下の規定を追加することも考えられます。
「甲又は乙が口頭により相手方から開示を受けた情報については、改めて相手方から当該事項について記載した書面の交付を受けた場合に限り、相手方に対し本規程に定める義務を負うものとする。」
「口頭、映像その他その性質上秘密である旨の表示が困難な形態又は媒体により開示、提供された情報については、開示者が相手方に対し、秘密である旨を開示時に伝達し、かつ、当該開示後○日以内に当該秘密情報を記載した書面を秘密である旨の表示をして交付することにより、秘密情報とみなされるものとする。」
といった解説が記載されています。
媒体により限定する方法
例えば、書面又は電磁的媒体により開示された情報、としてしまえば、口頭により開示された情報は秘密情報には含まれないことになります。
ちなみに、理屈上は、VDR(バーチャルデータルーム)で開示されたもの…とかも、いわば媒体指定みたいなものだから限定方法としてあり得るのかもしれません。が、管理人としては実際に見たことはないです。
限定列挙する方法
別紙や図面などで、秘密情報の内容を具体的かつ詳細に列挙するという方法もあります。
たとえば、経産省ハンドブック164頁では
(*4)秘密情報の対象をより明確化するためには、秘密保持の対象情報を別紙でリスト化し、随時更新することも考えられ、その場合には以下の規定を追加することも考えられます。
「甲が乙に秘密である旨を指定して開示する情報は、別紙のとおりである。なお、別紙は甲と乙とが協力し、常に最新の状態を保つべく適切に更新するものとする。」
といった記載があります。
ただ、管理人的に、実際にはあまり見かけない気がします。知財バリバリのメーカー法務などではあるのでしょうか。
その他(概括的な概念による特定など)
その他として、たとえば、経産省ハンドブック49頁では
- 概括的な概念による特定(「~に関するデータ」、「~についての手順」というように、情報カテゴリーを示すことにより特定する方法)
ex)「新技術Aを利用して製造した試作品Bの強度に関する検査データ」
ex)「Bの製造におけるC工程で使用される添加剤及び調合の手順」
ex)「新築マンションDに関する顧客情報」
- 媒体や保管場所等による特定(秘密情報が記録された媒体の名称や番号等により、情報を特定する方法)
ex) 「「極秘」と表示された情報」
ex) 「ラボノートVに記載された情報」
ex) 「書庫Wで施錠管理されている情報」
ex) 「X社から提供されたファイルYのうちp○○に記載された情報」
といった方法も記載されており、参考になります。
ただ、ここの部分は社内的な秘密情報管理(社内の従業員との間で締結する秘密保持契約や誓約書など)について解説している部分であり、対外的な秘密保持契約で実際にはあまり見ないような気がしますので(管理人の主観)、参考までという感じです。
これらの組み合わせ
また、これらは相互に排他的なものではないので、限定方法を組み合わせて使うこともできます。
たとえば、媒体で特定したうえで、特定手順・方法を指定してもいいし、限定列挙した別紙記載の秘密情報にプラスして、特定媒体により開示される秘密情報、とかでもいいわけです。
あまり凝りすぎたものはわかりくくなりますが、実際の秘密保持契約書で複数組み合わされているものもあったりはするので、これらを視点として持っていると多少読み解きやすくなるかもしれません。
秘密情報の例外(秘密情報からの除外)
秘密情報の定義からすると秘密情報に入るはずの情報であっても、情報の性格上、一定の情報が秘密情報から除外されるのが通常です。
それが、秘密情報の例外です。
通常、以下の4つが秘密情報の例外として除外されることが多いかと思います(他の例外も追加されているケースもある)。
- 開示時点で、受領当事者が既に保有していた情報
- 開示時点で、既に公知であった情報
- 開示された後に、受領当事者の責めに帰すべき事由によらずに公知となった情報
- 正当な権限を有する第三者から、受領当事者が適法に取得した情報
ではなぜ、この4つが除外されるのか?ということですが。
①と④、②と③で、理屈が共通していると理解するのがわかりやすいのではと思います。
①と④は、開示された情報に由来しない情報だからです。秘密情報というのは、特許権や著作権といった知的財産権ではないものの、広い意味での”独自ノウハウ”であり、開示側からすれば財産的価値を持っているはずのもの、というイメージです。
なので、いわば知的財産権と同様、”使用目的(←いわばライセンス)の範囲のみで使用してくださいね”、”秘密として保持してくださいね"、ということになります。
ということは、裏を返せば、そういった開示側の”独自ノウハウ”に由来しない情報は、受領側からすると、秘密保持義務を負う対象として扱う必要はないはずでしょう、というわけです。
平たくいうと、”アナタからもらわなくても、その情報と同じ情報を元々持っていましたor別ルートで入手しました”ということです。
②と③は、非公知性を欠くからです。
先ほど見たように、秘密情報というのは、法律上は、①秘密管理性、②有用性、③非公知性の3要件を満たすものであるわけで(不正競争防止法2条6項)、この3つが重要な要素と考えられます。
もちろん、契約によって法律と違う範囲の情報を秘密情報として扱うことはできるわけですが(実際そうされている)、通常、③を満たさないもの(=公知になっているものorなったもの)は、秘密情報として扱うのはおかしいでしょうということで、普通は秘密情報から除外されている、というわけです。
平たくいうと、もう一般にオープンにされたものを秘密情報というのはおかしいよね、という普通の感覚で理解してよいと思います。
結び
今回は、秘密保持契約を勉強しようということで、秘密情報の定義について見てみました。
[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。