今回は、公益通報者保護法を勉強しようということで、公益通報の効果(公益通報者の保護)について書いてみたいと思います。
なお、内容は現行法(令和2年改正前の内容)をベースにしつつ、適宜、改正の内容に言及する、というスタンスにしています。
▽(参考記事)令和2年改正の内容についてはこちら
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改正公益通報者保護法|令和2年改正
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ではさっそく。なお、引用部分の太字や下線、改行などは管理人によるものです。
メモ
本カテゴリ「法務道場」では、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
ネット上の読み物としてざっくばらんに書いていますので、感覚的な理解を掴むことを目指しているのですが、書籍などを理解する際の一助になれれば幸いです。
解雇の無効
公益通報の効果の1つ目は、公益通報したことを理由とした解雇の無効である(3条)。
(解雇の無効)
第三条 公益通報者が次の各号に掲げる場合においてそれぞれ当該各号に定める公益通報をしたことを理由として前条第一項第一号に掲げる事業者が行った解雇は、無効とする。
一~三 (略)
↑ ※本当は1~3号が長い条文なんですが、保護要件に関する部分なので本記事では省略しています(保護要件についてはこちらの記事を参照)
公益通報者が派遣労働者の場合、公益通報をしたことを理由として派遣先が行った労働者派遣契約の解除も無効である(4条)。
(労働者派遣契約の解除の無効)
第四条 第二条第一項第二号に掲げる事業者の指揮命令の下に労働する派遣労働者である公益通報者が前条各号に定める公益通報をしたことを理由として同項第二号に掲げる事業者が行った労働者派遣契約(略)の解除は、無効とする。
不利益な取扱いの禁止
公益通報の効果の2つ目は、公益通報を理由とした、解雇以外の不利益取扱いの禁止である(5条1項)。
たとえば、降格、減給、訓告、自宅待機命令、給与上の差別、退職の強要、専ら雑事に従事させること、退職金の減額・没収などが考えられる(「公益通報ハンドブック」)。
民間事業者向けガイドラインには例示の記載があり、Q&Aで以下のように説明されている。
(※ただし、ガイドラインにおける不利益取扱いについて述べているものなので、本法律における不利益取扱いとは厳密にいえば一致しない(それより広い範囲で例示がされている)可能性もあるように思う(私見))。
Q52 どのような行為が不利益な取扱いに当たるのでしょうか。
A 本法が定める要件を満たす「公益通報」を行ったことを理由として事業者が行った解雇は無効とされるほか、降格、減給その他不利益な取扱いを行うことも禁止されています。
また、民間事業者向けガイドラインでは、公益通報のほか、各事業者が定めた内部規程の要件を満たす通報や、それらを端緒とする調査に協力したことを理由として、通報者等に対し解雇その他不利益な取扱いをしてはならないとした上で、このようなその他不利益な取扱いの内容としては、具体的には以下のようなものが考えられるとしています。
➢従業員たる地位の得喪に関すること(退職願の提出の強要、労働契約の更新拒否、本採用・再採用の拒否、休職等)
➢人事上の取扱いに関すること(降格、不利益な配転・出向・転籍・長期出張等の命令、昇進・昇格における不利益な取扱い、懲戒処分等)
➢経済待遇上の取扱いに関すること(減給その他給与・一時金・退職金等における不利益な取扱い、損害賠償請求等)
➢精神上生活上の取扱いに関すること(事実上の嫌がらせ等)
なお、民間事業者向けガイドラインでは、このようなことが判明した場合、通報者に対して適切な救済・回復の措置を講じるとともに、不利益な取扱いを行った者に対して懲戒処分その他適切な措置を講じることが必要であるとしています。
公益通報者が派遣労働者の場合、派遣先が派遣元に派遣労働者の交代を求めること等の不利益な取扱いも禁止される(2項)。
(不利益取扱いの禁止)
第五条 第三条に規定するもののほか、第二条第一項第一号に掲げる事業者は、その使用し、又は使用していた公益通報者が第三条各号に定める公益通報をしたことを理由として、当該公益通報者に対して、降格、減給その他不利益な取扱いをしてはならない。
2 前条に規定するもののほか、第二条第一項第二号に掲げる事業者は、その指揮命令の下に労働する派遣労働者である公益通報者が第三条各号に定める公益通報をしたことを理由として、当該公益通報者に対して、当該公益通報者に係る労働者派遣をする事業者に派遣労働者の交代を求めることその他不利益な取扱いをしてはならない。
(参考)公益通報とならない通報の取扱い
公益通報の要件を満たさない通報についても、労働契約法などの他の法令によって通報者が保護される場合があり得るのだが、そのことが確認的に条文化されている。
(解釈規定)
第六条 前三条の規定は、通報対象事実に係る通報をしたことを理由として労働者又は派遣労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをすることを禁止する他の法令(法律及び法律に基づく命令をいう。第十条第一項において同じ。)の規定の適用を妨げるものではない。
本法における公益通報の要件を満たさなかったからといって、他の法令での保護まで受けられなくなるわけではないですよ、という意味である(まあ、当然だが…)。
たとえば、労働契約法に定める解雇権濫用などである。
労働契約法
(解雇)
第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない 場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
令和2年改正の内容:通報に伴う損害賠償責任の免除など
令和2年改正で、公益通報の法的効果(保護内容)に関するものとしては、以下の2つがある。
通報に伴う損害賠償責任の免除
通報した後、逆に事業者の側から、通報行為が名誉棄損にあたるということで提訴される事例がしばしばあるため、公益通報者の委縮を防ぐ趣旨で、本法の要件を満たす公益通報については損害賠償責任を負わない旨が明示された(改正後・7条を新設)。
▽改正後・7条
(損害賠償の制限)
第七条 第二条第一項各号に定める事業者は、第三条各号及び前条各号に定める公益通報によって損害を受けたことを理由として、当該公益通報をした公益通報者に対して、賠償を請求することができない。
もっとも、現行法のQ&Aでも、本法の要件を満たす公益通報について損害賠償責任などに問われる可能性は低いとはされている。
Q53 外部に「公益通報」がなされた結果、事業者の社会的信用が損なわれた場合は、通報者に対して解雇等の処分を行うことや損害賠償を請求することは可能でしょうか。
A 通報者による通報が、本法が定める要件を満たす「公益通報」に当たる場合には、公益通報したことを理由とする不利益な取扱いは禁止され、通常、通報者が、刑事責任、民事責任、服務上の責任等を負うこともないと考えられます。
なお、本法の要件を満たさない通報の場合であっても、通報者に対する解雇や損害賠償が直ちに可能となるわけではなく、他の法理(労働契約法第16条、判例法理等)により制限される場合があります。
役員の場合
公益通報をした役員に関しては、令和2年改正で初めて通報の主体に入ったため、保護の内容を定めた条項も新設である。
ポイントは、公益通報したことを理由とした解任は禁止されておらず、損害賠償請求ができるにとどまることである。
これは、たとえば会社法上の役員などは、もともと無理由で(株主総会決議により)解任できることになっていることによる。
▽会社法339条
(解任)
第三百三十九条 役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。
2 前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。
つまり、
〇公益通報を理由とした不利益取扱いの禁止については同様に存在するが(5条3項)、
〇公益通報を理由とした解任については禁止されておらず(5条3項括弧書き)、損害賠償請求ができるにとどまる(6条)、
ということである。
▽改正後・5条3項
(不利益取扱いの禁止)
第五条
3 第二条第一項第四号に定める事業者(同号イに掲げる事業者に限る。次条及び第八条第四項において同じ。)は、その職務を行わせ、又は行わせていた公益通報者が次条各号に定める公益通報をしたことを理由として、当該公益通報者に対して、報酬の減額その他不利益な取扱い(解任を除く。)をしてはならない。
▽改正後・6条
(役員を解任された場合の損害賠償請求)
第六条 役員である公益通報者は、次の各号に掲げる場合においてそれぞれ当該各号に定める公益通報をしたことを理由として第二条第一項第四号に定める事業者から解任された場合には、当該事業者に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。
一~三 (略)
↑ ※本当は1~3号が長い条文なんですが、保護要件に関する部分なので本記事では省略しています(保護要件についてはこちらの記事を参照)
残る大きな課題:不利益処分の禁止に関する実効性の確保
このように、公益通報を行ったことを理由とする解雇や不利益な取扱いは禁止されているのだが、実は、この禁止に違反した場合の事業者側のペナルティ(刑事罰、行政罰)や行政措置(勧告、公表、是正命令など)は、定められていない。
そのため、結局は、不利益な取扱いを受けたことを理由にして、通報者が裁判や交渉で解雇無効や損害賠償を請求するしかなく、これでは実効性が確保できないだろうということで、議論はあるが、結局は改正でも見送られた。
(逆に、事業者側の正当な人事権の行使などが委縮する、といった理由による)
また、解雇無効や損害賠償などで裁判で争う場合、不利益取扱いが「公益通報をしたことを理由とするものではない」という形で事業者側が争うことが多いわけだが、ここ(因果関係)の立証責任は通報者側が負っている。つまり、「公益通報をしたことを理由とするものであること」を通報者側が立証する必要がある。
そのため、結局は、結果として保護を受けられないリスクがある。これで実効性が確保できるのだろうか…という話。しかし、この部分も改正で手を入れられてはいない。
つまり、不利益処分の禁止に対する違反への刑事罰や行政措置の導入、立証責任の転換という2つの課題については見送られたということである。
以下は、現行法に関するQ&Aである。
Q2 本法の規定に違反し、公益通報者に対して解雇等の不利益な取扱いを行った場合、刑罰が科されたり、行政処分が課されたりするのでしょうか。
A 本法は民事ルールを定めたものであり、本法違反を理由に刑罰が科されたり、行政処分が課されたりすることはありません。
しかし、それとは別に、通報対象となる法令違反行為については、関係法令に基づき刑罰が科されたり、行政処分が課されたりすることがあります。
▽通報者・相談者向けQ&A(2017年8月版)|消費者庁HP
Q23 公益通報を行った後に、事業者から不利益な取扱いを受けた場合には、どうすればよいでしょうか。
A 通報者が事業者から解雇その他不利益な取扱いを受けた場合には、都道府県労働局における個別労働紛争解決制度を利用したり、裁判所における紛争解決制度(労働審判手続、仮処分手続、民事訴訟手続など)を利用したりするなどして、自ら解決を図っていくことになります。
Q54 「公益通報」がなされた場合、その通報者に以前から問題があった場合であっても、その通報者に対して解雇や降格などの不利益な取扱いをすることはできないのでしょうか。
A 本法では、公益通報をしたことを理由とした解雇その他の不利益な取扱いを禁止しています。公益通報をしたこと以外の理由に基づいて解雇その他の不利益な取扱いをすることは本法に抵触しませんが(他の法理に抵触する場合はあります)、後の紛争を防止するために、不利益な取扱いが公益通報をしたことを理由とするものではないことについて、できる限り客観的で合理的な根拠を示すことができるようにしておくことが望ましいと考えられます。
結び
公益通報の効果(公益通報者の保護)については以上になります。
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[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。