前の記事では、名称の権利化とブランディング戦略【前編】ということで、商標権による名称の保護について書いてみました。
本記事では、じゃあ商標登録してないときは何もいえないの?という話を書いてみたいと思います。
結論からいうと、このときは不正競争防止法という別の法律での保護を検討することができます。これは商標法とはまた別の法律ですので、商標登録していないときでも使うことができます。
少し前になりますが、こんなニュースがありました。
▽参考リンク
私立「京都芸術大」の名称差し止め認めず 市立芸大の請求棄却 大阪地裁判決 | 毎日新聞HP(2020/08/27)
京都造形芸術大学の「京都芸術大学」への名称変更は類似して混乱を招くとして、京都市立芸術大学(京都市)が、不正競争防止法に基づき、京都芸術大学を運営する学校法人に名称の使用差し止めを求めた、という事案です。
何というか血の通ってないコメントで申し訳ないですが、不正競争防止法をみるときのお手本になりそうな事案だったので、これを題材に、さらっと見てみたいと思います。
なお、引用部分の太字や下線、改行などは管理人によるものです。
不正競争防止法とは
まず、不正競争防止法ってどういうもの?という話ですけども。
不正競争防止法は、事業者間の公正な競争を確保するため、いくつかの不公正な競争行為を定めて(不正競争行為といいます)、差止請求や損害賠償を認めている法律です。
そのなかに、混同惹起行為と著名表示冒用行為というのがあって、これらは名称の保護として機能します。
冒頭のニュースの事案は、この2つを根拠とした名称使用の差止請求でした。
規制の対象はどんな行為?
不正競争防止法の該当部分をざっと見してみたいと思います。
混同惹起行為というのは、ある一定のエリア(全国でもよい)で知られている(=周知性のある)他人の表示と同じような表示を使って、そことの混同を生じさせるような行為のことです。
周知性というのは、「需要者の間に広く認識されている」ことで、全国的に知られている必要はなく、一地方であっても足りるとされています。
著名表示冒用行為というのは、周知性よりもさらに強力な「著名性」を獲得している表示の場合、混同を要件とせずに不正競争行為とするものです。
さらにザクっと感覚レベルで説明すると、
- 混同惹起行為は、ローカルにそこそこ知られている他人の表示と混同させるような表示は使っちゃダメ、というもの
- 著名表示冒用行為は、全国的に超有名な他人の表示については、混同させようがさせまいが使っちゃダメ、というもの(それは他人が培ってきた信用へのただ乗りであり、その価値を毀損するから)
という感じです。
なお、この2つの内容については、以下の関連記事でもう少しくわしく書いています。
▽関連記事
-
不正競争防止法を勉強しよう|混同惹起行為と著名表示冒用行為
続きを見る
Caseで見てみると
冒頭のニュースを、Caseとして見てみたいと思います。
この事案は、要するに、京都市立芸術大学が、京都造形芸術大学が「京都造形大学」に名称変更することに関して、不正競争防止法に基づき差止請求をしたという事案です。
当事者は、
- 原告 公立大学法人京都市立芸術大学
- 被告 学校法人瓜生山学園(京都造形芸術大学を運営する学校法人)
で、原告の請求の趣旨は、
「被告は、『京都芸術大学』の名称を被告が設置する大学の名称に使用してはならない。」との判決を求める。
というものです。
請求の根拠としては、
- 京都市立芸術大学
- 京都芸術大学
- 京都芸大
- 京芸
- Kyoto City University of Arts
という5つの表示を、自らの周知表示または著名表示として主張して、これらと類似又は同一の「京都芸術大学」の使用を差し止めようとするもの、でした。
原告側としては、上記2が自らの大学を示す表示として周知又は著名だ、というのがメイン主張だったのだろうと思います。
裁判所(大阪地裁)の結論としては、
著名性:1~5まで全て否定
周知性:1は肯定、2~5は否定
という判断でした。
以下、一応、判決文も見てみたいと思います(細かいところは読み飛ばしていただければと)。
著名表示冒用行為における「著名性」
著名表示冒用行為における「著名性」についての、解釈は以下のとおりです。
経産省HPに掲載されている「逐条解説 不正競争防止法」の解釈に沿った内容が示されていて、かなりハードルは高いことがわかります(下線部分など参照)。
▽大阪地判令和2年8月27日(令元(ワ)7786号)|裁判所HP(裁判例検索)
「事業者の努力によりその商品表示又は営業表示が広く知られるようになると、そのブランドイメージが当該事業者独自のものとして顧客吸引力を有し、個別の商品や営業を超えて独自の財産的価値を持つに至ることがある。不正競争防止法2条1項2号は、そのような表示を第三者が冒用することにより、たとえ本来の表示主体である事業者の商品等との間に混同を生じない場合であっても、当該第三者による当該表示の持つ顧客吸引力へのただ乗り(フリーライド)、当該表示とその本来の表示主体である事業者との結びつきの希釈化(ダイリューション)、当該表示の持つブランドイメージの毀損(ポリューション)といった事態の生じることを抑止し、本来の表示主体である事業者を保護することをその趣旨とする。」
「ア 不正競争防止法2条1項2号の前記趣旨に鑑みると、「著名」な商品等表示といえるためには、当該商品等表示が、単に広く認識されているという程度にとどまらず、全国又は特定の地域を超えた相当広範囲の地域において、取引者及び一般消費者いずれにとっても高い知名度を有するものであることを要すると解される。
これを本件について見るに、大学の「営業」には学区制等の地理的な限定がないことに鑑みると、地理的な範囲としては京都府及びその隣接府県にとどまらず、全国又はこれに匹敵する広域において、芸術分野に関心を持つ者に限らず一般に知られている必要があるというべきである。」
具体的な判断としては、最も有力そうな、1の「京都市立芸術大学」でも著名性を獲得するには至っておらず、したがって当然、その余の表示も著名性は認められない、とされています。
「(ア) 前提事実(前記第2の2(1))及び前記1認定に係る各事実によれば、原告の正式名称である原告表示1は、原告はもちろん原告大学の関係者によっても、原告大学の営業表示として長年にわたり数多く使用されてきたものといってよい。また、その地域的範囲も、書籍やウェブページに記載されたものは全国的に使用されたものということができるし、原告大学の在校生及び卒業生等の活動範囲は国内外にわたっている。
しかし、原告大学関係者による原告表示1の使用例(前記1(2))のうち多数を占める原告大学関係者の肩書又は経歴等としての使用の多くは、そもそも原告の営業表示として使用されたものとはいい難い。その点を措くとしても、芸術家の活動(作品等の展示を含む。)の際には、当該芸術家の名や作品名等が大きく表示され、こうした経歴等はこれらと同程度又はより小さな記載により付記されるという程度にとどまることが通常であり、殊更に注目を惹く形で表示される場合は限られる。こうした活動に接する側の鑑賞者も、研究者その他の特に関心の深い者でなければ、当該活動それ自体や当該芸術家の他の活動等に関心を持つことはあっても、当該芸術家の経歴等にまで興味を持つとは必ずしもいえない。
そうすると、原告表示1をもって、原告の営業表示として「著名」なものということはできない。」
「さらに、原告大学及び原告大学関係者の活動等が全国規模で展開されているといっても、その活動等は、明らかに京都市域を中心とした京都府及びその近隣府県の範囲を主たる対象地域としている。原告の発行に係る『京芸通信』も、京都市内の関係機関等を中心に、主として上記範囲の関係機関等がその送付先とされている」
混同惹起行為における「周知性」
混同惹起行為における「周知性」についての判断は、以下のとおりです。
かいつまんでいうと、
- 1の表示と比べたときの、それ以外の表示の使用頻度の少なさ
- 「京都」「芸術」「大学」のそれぞれは所在や種類を示すありふれた言葉であること
- 表示にバラつきがあること自体が、それぞれの通用力が高くないことを示していること
- 1以外の表示が被告大学を示す表示として使用される例も見られること
などが指摘されて、1の「京都市立芸術大学」以外の表示は、原告大学を示すものとしての周知性は認められないとされています。
「(ア) 前記1認定の各事実によれば、原告表示2~4については、例えば原告大学の卒業生や受験指導組織といった特定の属性を有する層で原告表示3又は4が比較的多数使用されているといった例もあるものの、程度の差こそあれ、原告表示1と比較してその使用頻度はいずれも少ないといえる。
しかも、原告大学を示す略称又は通称として、原告表示2~4のほか、「京都市立芸大」、「市立芸大」、「市芸」その他様々なものが使用されている。原告大学の正式名称(原告表示1と同一のもの)のうち、「京都」(又は「京」)、「芸術」(又は「芸」)及び「大学」(又は「大」)は、大学の名称としては、所在地、中核となる研究教育内容及び高等教育機関としての種類を示すものとして、いずれもありふれたものである。加えて、原告大学の中心的な活動場所等が京都市であること、このため、原告大学の略称等が使用される地域的範囲としても、京都市又は京都府であることが必然的に多くなり、「京都」(又は「京」)は敢えて明示せずとも文脈上暗黙の了解事項となりやすいと推察されることなどに鑑みると、略称等に「市立」(又は「市」)が含まれ、「京都」(又は「京」)が省略されることも、当然起こり得ることといってよい。原告の設置主体である京都市及び京都市長や原告大学関係者が、原告大学を示すものとして、自ら「市立」(又は「市」)を含む略称等を使用する例が少なからず見られること、インターネット上又は書籍としての地図においても、原告大学については「市立」が含まれる表示が使用されていることも、この文脈において合理的に理解し得る。
そもそも、このように多種多様な略称等を生じ、それぞれが一定程度使用されていること自体、原告大学の略称等として各表示それ自体が有する通用力がいずれもさほど高くないことをうかがわせる。同一の文書等の中で、原告表示1と共に使用される例が多いことも、同様に、原告表示2~4の略称等としての通用力の低さをうかがわせる。
しかも、原告表示2~4と同一の表示が、原告大学ではなく被告大学を示す表示として使用される例も、相応に見受けられる。
他方、原告表示2~4が、それぞれ、原告表示1を想起させることを介して、又はこれを介さずに、原告大学を想起させるものとして広く知られていることをうかがわせるに足る具体的な証拠はない。」
「(ウ) 以上より、原告表示2~4については、原告の商品等表示として需要者の間に広く知られたもの、すなわち周知のものということはできない。」
それで、周知性が認められた1の「京都市立芸術大学」の表示も、「市立」部分の識別力が強いので「京都芸術大学」と混同を生じるおそれはないとして、請求は棄却となりました。
結び
ちょっとややこしい話でしたが、比較的最近のニュースを題材に、不正競争防止法による名称の保護について見てみました。
このCaseでは、いずれも棄却=つまり不正競争防止法での保護は認められなかった、ということです(なお、現在、大学名は京都芸術大学に変更されています)。
周知性でもかなりハードル高いですし、著名性になるととんでもなく高い、という感じがよくわかります(管理人の感想)。
個人的には、著名性というのは、ヴィトンとかユニクロとか、そういうレベル感のものにしか認められないんだろうなあと思っています(私見です)。
ちなみに、正確にいえば、商標権をもっている場合でも不正競争防止法を使うことはできるので、商標権がない場合は不正競争防止法、という決まりとかがあるわけではないです。
が、商標権による保護の方が容易かつ強力なので、商標登録がある場合にはこちらを押していくことが普通だと思います(登録している区分から漏れている場合とかは、不正競争防止法も検討することになるかなと思います)。
ということで、2記事にわたって、名称の権利化や法的保護について書いてみました。
▽前の記事
-
名称の権利化とブランディング戦略(前編)|お金配りと商標権
続きを見る
[注記]
本記事は管理人の私見であり、管理人の所属するいかなる団体の意見でもありません。また、正確な内容になるよう努めておりますが、誤った情報や最新でない情報になることがあります。具体的な問題については、適宜お近くの弁護士等にご相談等をご検討ください。本記事の内容によって生じたいかなる損害等についても一切の責任を負いかねますので、ご了承ください。