今回は、グループガバナンスと法務ということで、親子会社と非弁行為(弁護士法72条)について見てみたいと思います。
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
メモ
このカテゴリーでは、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
ネット上の読み物としてざっくばらんに書いており、感覚的な理解を掴むことを目指していますが、書籍などを理解する際の一助になれば幸いです。
親子会社と非弁行為
これはどういう論点かというと、グループ企業間での法律事務の取扱いについても、弁護士法72条の規制(非弁行為の禁止)を受けるため、親会社に法務機能を集約して子会社の法務業務を担うようにした場合、親会社での法務受託業務が非弁行為になってしまうのではないか、ということです。
親会社も子会社も、それぞれ別の法人であるためです。通常、グループ会社と親会社との間でグループ間業務委託契約等を締結して、その中に法務受託も含ませるわけですが、有償で行われるため、これって、お金をもらって他人の法律事務を処理していること(非弁行為)に他ならないのでは?というわけです。
基本的には、持株会社法務(HD法務)で問題になる論点だと思えばイメージしやすいと思います(※後述のように法務機能を特定の子会社に集約するパターンもあるので、全部がHD法務というわけではありません)。
非弁行為(弁護士法72条)については、以下の関連記事にくわしく書いています。
公的な解釈
この論点に関する公的な解釈といえるものは、以下の3つになるかと思います。
法務省見解①(2003年)
まず出ているのは、2003年12月8日付「グループ企業間の法律事務の取扱いと弁護士法第72条の関係について」(法務省)です。
これは、同日に行われた法曹制度検討会(第24回)における法務省配布資料になります。
▽グループ企業間の法律事務の取扱いと弁護士法第72条の関係について 第1項
1 はじめに
法務省としては、完全親子会社であっても、法人格が別である以上は、「他人性」の要件を欠くとして同条の構成要件に該当しないとすることは困難と考える。
他方、親子会社やグループ企業間で現実に行われていると考えられる法律事務の中には、そもそも、法第72条の「報酬を得る目的」や「法律事件」の構成要件との関係で同条に該当しないものがあると考えられるので、これらの点を中心に、同条についての一般的な解釈を説明する。
(以下略)
この法務省見解での最大のポイントは、「他人」性は否定できないという点かと思います。
もともと、少なくとも完全親子会社のような場合には「他人」の法律事務と見る必要がないのではないか、という問題意識があったわけですが、そのように考えることはできない、というのがポイントと思います。
「法律事件に関する法律事務の取扱い」の要件については、いわゆる事件性必要説に立ったうえで、以下のような整理がなされています。
▽グループ企業間の法律事務の取扱いと弁護士法第72条の関係について 第3項
3 法律事件
法第72条本文の「その他一般の法律事件」については、いわゆる「事件性不要説」と、「事件性必要説」とが対立しているが、事件性必要説が相当と考える。
また、いわゆる企業法務において取り扱われる法律事務の「事件性」の有無については、次のように考えられる。
① 契約関係事務→紛争が生じてからの和解契約の締結等は別として、通常の業務に伴う契約の締結に向けての通常の話し合いや法的問題点の検討は「事件性」なし
② 法律相談→具体的な紛争を背景にしたものであれば「事件性」ありの場合が多い
③ 株式・社債関係事務→新株発行に際して行うものは一般的には「事件性」なし
④ 株主総会関係事務→株主総会の開催について商法等の関係法規との適合性を確保するためのものは一般的に「事件性」なし
⑤ 訴訟等管理関係事務→一般的に「事件性」あり
ここで書かれていることからもわかるように、事件性必要説に立ったとしても、紛争系業務はクロ扱いとなる可能性が高いことに留意が必要と思います(当然ではありますが、そこに関しては事件性必要説か不要説かで違いは出ませんので)。
法務省見解②(2016年)
次に出ているのは、2016年6月2日付「親子会社間の法律事務の取扱いと弁護士法第72条」(法務省)です。
あくまでも例示という形ですが、以下のような場合には弁護士法72条に違反しない場合が多いと考えられるとされています。
それぞれが何かを簡単にいうと、上から順に、契約法務、法改正対応、定款/社内規程作成、マニュアル作成、会議体運営(機関法務)、社内研修、といってよいかと思います。
これらにつき、「子会社」に関して、一般的な法的意見を述べたり取扱いを行うことは可、とされています。
▽親子会社間の法律事務の取扱いと弁護士法第72条-〔例〕
- 子会社の通常の業務に伴う契約について、法的問題点を調査検討の上、契約書や約款のひな形を提供し、子会社が作成したものをチェックし、契約条項や約款の一般的な解釈等、一般的な法的意見を述べること
- 子会社の通常の業務に関連する法令やその改正について、情報提供をし、それに伴う実務上の対応につき一般的な法的意見を述べること
- 定款や社内規則・規程(就業規則、取締役会規則、内部統制システムやリスク管理体制を定めた社内規程等)について、法的問題点を調査検討の上、そのひな形を提供し、子会社が作成したものをチェックし、一般的な法的意見を述べること
- 各種行政規制の対応ルールを定めた社内規程等について、法的問題点を調査検討の上、そのひな形を提供し、子会社が作成したものをチェックし、一般的な法的意見を述べ、その対応状況を検証すること
- 株主総会等の準備事務や議事運営について、法的問題点を調査検討の上、株主総会等の運営に係る会社法上の一般的な取扱い等、一般的な法的意見を述べること
- コンプライアンスの推進のための社内ガイドラインを提供し、社内教育を実施すること
そして、「完全子会社」に関しては、以下のようにもう少し踏み込んだ記述がされています。
▽親子会社間の法律事務の取扱いと弁護士法第72条-〔例〕続き
- 業務の適正が監督官庁による有効な監督規制を受けること等を通じて確保されている完全親会社が、その完全親会社及び完全子会社から成る企業集団の業務における法的リスクの適正な管理を担っている場合において、その管理に必要な範囲で、当該完全親会社及び完全子会社の通常の業務に伴う契約や同業務に伴い生じた権利義務について、一般的な法的意見にとどまらない法的助言をし、他の法令に従いその法律事務を処理すること
つまり、完全親子会社であれば(ほかにもいくつか条件はつけられていますが)、一般的な法的意見にとどまらない法的助言をし、その法律事務を処理することが可、とされています。
では、その”一般的な法的意見にとどまらない云々…”とは具体的に何なのか、どういう意味なのか、非弁のどの要件と関係するのか、というのが気になるところですが、そこまでは書いていない、という具合になっています。
ただ、完全親子会社かそうでないかで違いがある(完全親子会社の場合にはできる範囲が広くなる)、という解釈のベクトルは読み取ることができます。
なお、法務省見解に関する一連の経緯については、以下の記事が参考になります。
日弁連見解(2004年)
日弁連の見解としては、以下の要件を満たす場合には、類型的に、法律事務を取り扱う会社の正当業務行為(刑法35条)として、弁護士法72条に違反しないというものです(藤井篤「親子会社間での法律事務の取扱い-2003年12月8日の法曹制度検討会における検討状況を踏まえて」(NBL779号(2004.2.15)18頁)。
つまり、一定の要件を満たす場合には、違法性が阻却されるということです(※弁護士法72条は刑罰法規)。
- 連結決算の関係にある親子会社間における法律事務の取扱いに関するものであること(関連性)
- 親子会社のいずれかが株式を証券取引所において上場しまたは店頭公開しており、各会社の関係および決算内容が公開されて明確になっているものであること(明確性)
- いずれかの会社に法務部門があることなどにより、その会社が他の関連会社の法律事務を扱うことに合理的な理由があること(合理性)
- 法律事務を取り扱う部門については、法律的観点での相応の専門性を備えているものであること(弁護士が関与していることや担当者が一定の経験を有しているか必要な研修を受けていること)(コンプライアンスの担保)
- 訴訟行為の代理については、除外されるものであること
グループ法務体制のパターン
この論点があることを踏まえつつ、改めてグループ法務体制のパターンを眺めてみると、以下のようになります。
個社管理型
まず、個社がそれぞれ自社で法務業務を処理するというパターンです。
要するに、全てがそれぞれの個社の責任者の判断で行われます。初期というか、成長期はこのように、必然的に個社管理の形になるのが通常だろうと思います。
この場合には、当然ですが、親子会社と非弁行為(弁護士法72条)の論点のことを気にする必要はありません。
ただ、グループ全体の力をうまく使ってシナジーを生み出していきたいとか、全体的な管理精度を上げていきたい(一定の基準となるラインはキープしたい、最低ラインは設けたい)とか、集約によるバックオフィス業務の効率化を図りたい、といったときに、じゃあ法務も含めてHD管理に移行しようか、という話が出てくることになります。
HD集約型
そして、法務のHD集約を考える際にも、2つのパターンがあり得るかと思います。
HDから降ろす
ひとつは、HDから降ろす形です。普通はこれだと思いますが、つまり、HDの方で採用し担当する子会社なども決めて、それぞれの業務にあてる形です。
個社の担当を上げる
もうひとつは、HD集約の移行期の話になりますが、もともと個社にいた法務(あるいは総務)担当者を、HDに移籍する形です。
業務の実態はそれ程変わらないことになりますが、HD集約するので、全体的な情報や方針の統一、効率化といったシナジーを加えていくことができます。
どちらのパターンにせよ、HD集約する以上、先ほど見たような親子会社と非弁行為(弁護士法72条)の論点が出てきますので、非弁のボーダーラインは意識する必要が出てきます。
また、それをどのように考えるかは、企業グループによって幅があるだろうと思います。
専門子会社集約型
また、法務機能を集約するのはHDに限らず、グループのバックオフィス業務用の専門子会社をつくってそこにまとめることもあります。
以下の記事などがイメージしやすいかと思います(※非弁のボーダーラインに関する考え方も参考になります)。
ただ、先ほど見た法務省見解②を参考にすると、完全親子会社かどうか(つまり100%の資本関係にあるかどうか)によって許容範囲が変わってくるため、HD法務で行うよりも、狭い範囲になる可能性があることに留意が必要かと思います。
(当該専門子会社が100%親会社になっているという状況は、普通ないと思いますので)
法務部員の配置の仕方
また、法務部員の配置の仕方によって一定の対応をする方法もあり得ます。
法務受託
通常は、HD側で法務受託をするため、法務部員の籍はHDにあります。これが法務受託のパターンで、基本はこれです。
あくまでも、親会社の担当者が子会社の法務をやっているので、非弁に関するボーダーラインを気にする必要が出てきます。
兼務出向
これ以外に、兼務出向という方法もあり得ます。例えば、HD籍の法務部員を、担当の子会社に50%で兼務出向させるような形(HD:子会社=50%:50%)をとる場合などです。
この形だと、その出向割合で子会社籍の担当者としての立場を有していますので、紛争系も含めて子会社の法務業務にあたることが可能です。つまり、法務受託しているわけではなく、”子会社の従業員が子会社の法務をやっている”だけなので、非弁行為のことを気にしなくてよくなります。
また、HD籍も有しているので、グループの全体的な水準の統一感やシナジーを図っていくこともできます。
ただ、あまり比率が便宜的になってくると、実態と乖離したり、脱法的になったりする可能性があると思われますので、法務部員が担当する子会社が少数である場合(1社かせいぜい2社)で、しかも固定的なケースに限られるかと思います。
つまり、一人の担当者が抱える子会社がたくさんあったり、ジョブローテを含め担当替えを頻繁に行う可能性があるときには、向かない方法だろうと思います(出向の処理が面倒)。
その意味では、もともと子会社にいた担当者を一定程度HDでまとめることにする場合、つまり先ほど見た「個社の担当を上げる」パターンのときに適した形であるように思われます。
結局どのように考えるべきか(私見)
それで、結局どのように考えるべきか、ということですが(以下は管理人の私見です)。
基本的には、
- 紛争系は避ける
- 紛争の前段階(条件交渉を伴うもの)も避ける
というのが適当ではないか、と思います。
「紛争系は避ける」というのは、もちろん、裁判段階だけではなく、その手前の、紛争が生じてからの交渉、和解契約の締結も含みます(法務省見解①参照)。
「紛争の前段階も避ける」というのは、例えば、退職金やテナント賃料等の交渉ごとなど、一歩先の延長線上に紛争があるようなケースもありますが(金額の争いや賃料増減の非訟への可能性)、コンサバに考えればそのような前段階から関与を避けておいた方がよい、ということです(これらについてはもともと法務が直接関与していることは少ないと思いますので、イメージですが)。
ネット上で見られる解説としては、以下の記事が参考になります。
この記事のように、完全親子会社であれば紛争解決交渉(いわゆる示談折衝)も一定程度行っていけると考えているように読める意見もありますし、そのような企業グループもあるでしょうから、まあいろいろだと思います。
結び
今回は、グループガバナンスと法務ということで、親子会社と弁護士法72条(非弁行為)について見てみました。
個人的感覚をわかりやすくいうと、この論点は、
- 知っている人は当然のように知っているが、意外とたまに知らない人もいる
- 会計的な理由で、「無償にすればいいじゃん」という方策は基本的に採れない
- 結局、グレーゾーンを手探りでやるしかない(だからこそ過去に経団連の要望が出ている)
- 普通そんなに弊害はないはずだが、法務体制を考えるときには面倒な論点(結論がはっきりとは出ない)
といった印象のあるところです。
なお、バックオフィス業務のHD集約といったときに、この論点があることは、法務が他のバックオフィス業務(経理や人事など)とは明確に異なる点だろうと思いますが、関心を持たれにくい(理解されにくい)面があるので、留意が必要かと思います。
何かしらの参考になれば幸いです。
[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。
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主要法令等・参考文献
主要法令等
参考文献
- コンプライアンス・内部統制ハンドブック(中村直人 編著)
- 実効的子会社管理のすべて(松山遙、水野信次、野宮拓、西本強、小川尚史)
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