大企業と中小企業、あるいはスタートアップやフリーランスとの取引において、長年、不当な知的財産の無償譲渡や技術ノウハウのタダ取り(吸い上げ)が問題視されてきました。
こうした商慣習を打破し、日本のイノベーションを促進するために、公正取引委員会、中小企業庁、特許庁の3省庁が共同で、知財取引指針(「知的財産権・ノウハウ・データの適切な取引のための優越的地位の濫用等に関する指針」)を策定・公表しました(2026/6/24)。
この指針は、これまで当たり前と思われてきた知財取引のあり方を見直す、取引適正化のルールとなっています。本記事は、この知財取引指針の全体像と重要なポイントを解説します。
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
メモ
このカテゴリーでは、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
ネット上の読み物としてざっくばらんに書いており、感覚的な理解を掴むことを目指していますが、書籍などを理解する際の一助になれば幸いです。
知財取引指針の目的と3つの特徴
知財取引指針は、事業者間での知的財産等の不当な吸い上げ行為にメスを入れ、双方が納得する適正な取引環境を整えることを目的としています。
この指針には、以下のような3つの特徴があります。
- 特徴①:全業種を対象とした包括的・横断的なルール
特定の業界だけに向けたものではなく、製造業からIT、デザイン、映画・アニメ、エンタメ、サービス業にいたるまで、日本のすべての事業者間取引に横断的に適用されます - 特徴②:対象が特許にとどまらず、ノウハウ、データにも及ぶ
法律で登録された特許権や著作権などの知的財産権だけでなく、契約書に現れにくい現場のノウハウ(レシピ、図面、工程表、加工技術等)や、データ(CADデータ、産業データ、顧客データ等)まで広く保護対象に含めています - 特徴③:3法(独禁法・取適法・フリーランス法)の連携と優先関係の整理
この指針は大元の独占禁止法(優越的地位の濫用)を中心としたものですが、取引規模や形態に応じて取適法やフリーランス法がどのように重なって適用されるかのルールも整理されています- なお、優先関係の整理は過去に既に出されているフリーランス法における執行ガイドラインの内容の確認になります
知財取引指針の5つの構成要素
知財取引指針は、NG事例を挙げるだけではなく、問題解決に向けた道しるべとなるよう、以下の5つの柱で構成されています。
- 基本的な考え方【中企庁・特許庁】:
知的財産取引におけるあるべき姿(理想像)を提示 - 基本的な対応方針【中企庁・特許庁】:
あるべき姿を実務で実現するための、具体的な情報管理や価値評価のアプローチ - 独占禁止法等の考え方及び問題となり得る事例【公取委】:
実態調査に基づき、優越的地位の濫用などに該当するおそれのある約70のNG事例と法的解釈を提示 - 競争政策上の望ましい対応【公取委】:
トラブルを未然に防ぐための十分な協議や書面化(記録化)の推奨 - 実践例【中企庁】:
知財取引の適正化を実践している他社の約50の好事例(ベストプラクティス)を紹介
それでは、主要な論点について、さらに詳しく掘り下げていきましょう。
重要論点①:情報の管理(秘密情報・ノウハウ等)のルール
指針では、取引の開始前や交渉段階における、技術情報の開示要求やNDA(秘密保持契約)の締結をめぐるトラブルを防ぐため、情報管理のルールを厳しく規律しています。
技術情報や設計図面の一方的な開示要請の禁止
取引上の立場が強い発注者が、受注者に対し、正当な理由がないのに、製品の製造方法や配合比率といった技術情報や、金型の設計図面、加工データなどを無償で提供(開示)させる行為は、独禁法上の優越的地位の濫用、あるいは取適法上の不当な経済上の利益の提供要請等に抵触するおそれがあります。
「品質保証の監査」と称して受注者の工場を見学させ、監査に必要な範囲を超えて、内製化や他社への転注を前提に製造ノウハウや機械の設定条件等の機密情報を一方的に聞き出す行為も、問題事例として規定されています(工場見学・監査の悪用)。
▽知財取引指針 第2-1-⑴-イ
また、監査や品質保証等の目的を達成するために必要な範囲を超えて相手方のノウハウ等を取得すべきではない。取引を開始する前などに契約条件とともに、あらかじめ監査や品質保証等に必要とする箇所を明示することで、受注者があらかじめ情報開示の範囲が適切か判断し、その内容によって受注すべきかどうか判断できるようにすべきである。
また、発注内容に含まれていないにもかかわらず、受注者が保有する機械の稼働時間や生産性等のリアルタイムデータを、発注者の内製化目的等で無償提供させる行為もアウトです(産業データの無償提供要請)。
NDA(秘密保持契約)の締結拒否と片務的NDAの禁止
受注者が秘密情報を保護するためにNDAの締結を求めているにもかかわらず、手続が面倒だからといった理由で、NDAを結ばないまま取引や見積りの実施を強要する行為は、優越的地位の濫用等となるおそれがあります(NDA締結の拒否)。
また、双方が情報を開示し合う実態があるのに、自己の内規やひな形を理由に、受注者側だけが秘密保持義務を負い、発注者側は義務を負わない(あるいはグループ会社へ自由に提供できる)という片務的なNDAの締結を一方的に押し付ける行為も禁止されています(片務的NDAの強要)。
実務でのベストプラクティス(実践例)
実践例としては、以下のようなものが挙げられています。
- 契約交渉が本格化する前に、自社情報を、①NDAなしで出せる情報、②NDA締結後に出す情報、③絶対に出さない情報(社外秘)に区分して管理を徹底する
- 自社の独自技術情報を開示する際は、あらかじめ特許出願を済ませるか、図面の重要寸法データを削除した上で開示する
- 自社にノウハウが帰属することを事後的に証明するため、開示データにタイムスタンプを付与する
- 開発や試作を委託する際、提供した試作品から技術が盗まれるのを防ぐため、契約書にリバースエンジニアリング(分解・解析)の禁止条項を必ず盛り込む
▽令和8年6月24日パブコメ⑴-No.23 意見1(ほかNo.35など)
秘密情報を提供するたびに、都度「秘密情報である旨の表示」を付したりタイムスタンプを付与することは、NDAを既に締結している当事者間の実務において過剰な負担となる【※注:Q部分は管理人要約】。
意見1について、御意見の趣旨を踏まえて、知財取引指針における「秘密情報を相手方へ提供する際には「秘密情報である旨の表示」と共にタイムスタンプ等を付与することも望ましい。」との記載が、あくまで秘密情報を相手方へ提供する際に望ましい対応として提示したものであり、秘密情報の範囲が明らかでこれらの対応が不要な場合にまで対応を求める趣旨ではないことを明確にするため、当該記載に「必要に応じて」と追記を行う修正をしています。
…(以下略)…
重要論点②:知的財産権等の価値の適切な評価と対価設定
発注したのだから、そこで生まれた知財は無償で発注者のものになるという従来の考え方は、この指針によって否定されています。
成果物対価と知的財産権等対価の区分
成果物(例えば金型やソフトウェアなど)を納品してもらう取引において、成果物の制作費用(人件費や工数)のみを基準として対価を定め、そこに付随して発生する知的財産権等の価値を無視して著しく低額な対価を一方的に決定する行為は、買いたたき等に該当するおそれがあります。
受注者から成果物の対価と知的財産権等の提供・ライセンスの対価を区分して整理することを希望された場合、発注者は対価の考え方について十分に説明し、協議を行う必要があります(対価の区分)。
ただし、一律の分離が義務化されているわけではなく、取引の性質上、包括的な対価を設定することが合理的である場合はそれでも差支えありませんが、その場合でも対価の中にどの範囲の権利が含まれているかを双方が認識できるようにしておくことが望まれます。
▽知財取引指針 第2-2-⑴-イ
取引の中には、発注された成果物を完成させる過程において、受注者による創造的な営みが伴い、当該創造的な営みの全部又は一部に経済的価値が認められ、成果物の完成自体とは別に、追加的又は独立した価値が付加される場合がある。
このような場合には、当該取引の目的である成果物そのものに係る対価と、当該成果物に関連する著作権その他の知的財産権等の提供に係る対価とを、概念上区分して整理するという考え方もあり得る。
もっとも、知的財産権等の対価について、成果物に係る対価と必ずしも明示的に区分した形で設定しなければならないものではなく、取引の内容や性質、成果物の特性、知的財産権等の価値の把握可能性、当事者間の役割分担やリスク分配の在り方、業界の商慣習等に照らし、成果物に係る対価の中に知的財産権等の対価を含めて包括的に設定することが合理的である場合もある。このように、成果物の対価の中に知的財産権等の価値を評価して包含することが合理的と考えられる場合であっても、受注者から説明や区別した対価の設定方法を希望するとして、協議を求められたときには、対価の考え方について丁寧に説明し、必要に応じて話合いの場を設けることが望ましい。
著作権の無償譲渡や無償ライセンスの要求
受注者に帰属する著作権について、十分な協議を行うことなく、制作費の中に含まれているなどと主張して無償での譲渡(買い切り)や、無制限の無償ライセンスを一方的に要求する行為は、優越的地位の濫用や買いたたき、不当な経済上の利益の提供要請に該当します。
また、「著作者人格権(同一性保持権や氏名表示権)を行使しない」とする条項を、適切な対価の支払いや個別具体的な協議をすることなく、発注者の契約書ひな形や内規を理由に一方的に押し付ける行為も、問題となるおそれがあります(著作者人格権の不行使条項の一方的設定の制限)。
▽令和8年6月24日パブコメ⑴-No.24(ほかNo.11 意見2など)
著作者人格権、特に同一性保持権の不行使合意がないと、発注者側が軽微な修正(レイアウト調整や誤字脱字の修正、プログラムの改修など)を行う際にも都度承諾が必要になり、実務が麻痺する。一律に優越的地位の濫用とするのは避けてほしい【※注:Q部分は管理人要約】。
一つ目の御意見である「著作者人格権の不行使条項の設定」に関して、著作者人格権の不行使条項を設定することが直ちに優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)に該当するものではなく、第2の2⑶イ(エ)「著作者人格権の不行使条項の設定」において、取引上の地位が受注者に優越している発注者が、取引の相手方である受注者に対し、一方的に、著作者人格権の行使を制限する条件を設定する場合であって、当該受注者が、今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなるおそれがあり、優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)として問題となるおそれがある旨を示しています。
また、一般論として、著作者人格権を制限することについて相応の理由が存し、かかる制限に対して相当の対価を支払っている等、正常な商慣習に照らして不当ではないと認められる場合には、通常、問題となるものではありません。
加えて、「正常な商慣習」とは、公正な競争秩序の維持・促進の立場から是認されるものをいい、現に存在する商慣習に合致しているからといって、直ちにその行為が正当化されることにはならないことには留意が必要です。
なお、独占禁止法違反となるリスクを未然防止する観点からは、当事者間で取引条件について、十分に協議した上で決定することが望ましいと考えており、その旨を第2の2⑷「競争政策上の望ましい対応」において示しています。
…(以下略)…
中間成果物・試作品・PoCの無償提供要求
契約内容に含まれていないにもかかわらず、完成品を制作する過程で生じた中間成果物(絵コンテ、デザインの電磁的データ、加工可能データ等)」やその著作権を、対価を支払わずに無償で提供させる行為です(中間成果物の無償奪取)。
製品の量産化や将来の発注を人質(前提)にして、受注者のノウハウが詰まった試作品の製造・配合調整、技術検証(PoC)や、内製化を目的とする技術指導を無償で繰り返し行わせる行為は、典型的な違反行為(利益を不当に害する)とされています(無償の試作・PoC(技術検証)・技術指導の強要)。
重要論点③:その他の行為類型(出願干渉・知財訴訟リスク転嫁・共同研究開発)
共同開発や委託契約の分野において、特に深刻なトラブルとなりやすい3つの領域について、個別のルールが敷かれています。
出願干渉(単独で行うべき出願等への干渉)
受注者が独自に開発した発明や、取引とは直接関係のない技術、独自の改良発明等について、発注者が一方的に特許出願を制限したり、特許を出すなら共同出願にしろと強制したりする行為は、優越的地位の濫用となります。
特許法上、特許を受ける権利は発明者に原始的に帰属するため、共同出願に干渉した結果、発注者側の従業者に「発明者」が存在しない場合、その特許出願自体が拒絶、あるいは事後的に無効とされるリスクを負うことになります。
知財訴訟等におけるリスクの一方的転嫁
発注者の指示に基づいて行った業務において、第三者から知的財産権侵害の訴訟(知財訴訟)を起こされた場合、双方の責任の有無や割合を考慮することなく、損害賠償責任や紛争解決の費用・負担を一方的に受注者だけに負わせる(免責を認めない)契約条項は、優越的地位の濫用として問題となります。
望ましい対応としては、侵害の非保証の範囲を明確に規定したり、帰責事由や獲得した利益に応じて責任を適切に分担し、契約において損害賠償額の上限(制作代金を上限とするなど)を設定するなどの調整が推奨されます。
▽令和8年6月24日パブコメ⑴-No.10(ほかNo.18など)
指針に「受注者に帰責事由がない場合、発注者は、目的物の仕様等の決定経緯を明示的に開示する要請に応じなければならない」とあるが、これでは発注者の秘密情報が開示を余儀なくされ、過度な要求となるおそれがある【※注:Q部分は管理人要約】。
御意見 I.の第2の3⑵ア(ウ)「受注者に帰責事由がない場合の協力・補償」に関する記載について、受注者は発注者の指示に基づいて製造等を行う関係にあることを踏まえると、受注者に帰責事由がない場合には発注者が何らかの帰責性を有する場合が相当程度あると思われること、また、発注者が優越的な地位を背景として帰責性がない旨主張して受注者への協力を拒んだ場合、帰責事由の無い受注者が訴訟対応を一方的に負担することになる等、不合理な結果をもたらす可能性があります。また、「目的物の仕様等の決定に係る経緯」の開示を求めることは、発注者や第三者の秘密情報が含まれる可能性があるという点については、当該箇所で示している考え方はあくまで原則であり、第三者からの訴訟対応で必要な程度での情報開示について、当事者間で具体的な調整をすることは可能であるため、原案どおりとします。
共同研究開発における成果物の帰属と名ばかり共同研究
共同研究開発によって得られた成果(特許権等)の帰属は、技術やアイデアの貢献度によって決められることが原則です(技術やアイデアの貢献度に応じた帰属)。
一方の当事者が研究費用の多くを負担していること(資金提供)を理由に、実際には技術的な貢献をしていないにもかかわらず、他方当事者(受注者等)が単独で開発した成果を一方的に単独帰属させたり共同出願(共有)にすることを強要する行為は違法です(名ばかり共同研究の禁止)。権利を譲渡・共有させる場合は、相応の対価を支払わなければなりません。
▽令和8年6月24日パブコメ⑴-No.27 意見4
指針案の「共同研究の経費を負担している側が、すべての知的財産権を自らに帰属すべきという『主張が起こりがち』」という表現は、適正に対価を支払っている開発当事者に対して不合理な負担を強いるおそれがあり、表現が行き過ぎている【※注:Q部分は管理人要約】。
意見4について、御指摘の「基本的な考え方」に関して、御意見の趣旨を踏まえ、知財取引指針第2の3⑶アの「例えば、名ばかりの共同研究(略)のような場合において、当該他方の当事者が研究開発の経費の多くを負担する場合に、研究の結果創出された全ての知的財産権等は研究開発経費の負担側に帰属すべきという主張が起こりがちである。」を「例えば、名ばかりの共同研究(略)のような場合において、当該他方の当事者が研究開発の経費の多くを負担する場合に、研究の結果創出された全ての知的財産権等は研究開発経費の負担側に帰属すべきという主張が起こり得る。」と修正をしています。
なお、共同研究開発によって得られた成果の帰属に関しては、知財取引指針第2の3⑶アにおいて、特許法上、特許を受ける権利が発明者に帰属するとされていることから、当該発明により得られた成果(=知的財産権等)は、発明者に帰属し、発明が技術的思想の創作である点に鑑みれば、当該成果の帰属は、技術やアイデアの貢献度によって決められることが原則である旨を示しています。また、研究開発経費を負担していることが直ちに成果(=知的財産権等)の帰属主体となることを正当化するものではない旨も示しており、原案どおりと
します。
【実践編】知財トラブルを防ぐ4つの契約書ひな形の要点と使い方
知財取引指針は、不当な取引を規制するだけでなく、4つの契約書ひな形(附属資料)を用意して取引の適正化をサポートしています。
これらは、この通りに締結すれば絶対に安心というテンプレートではありません。自社の技術的立場、役割、および取引実態(請負か準委任か等)に応じて、相手方と十分に協議し、カスタマイズして使うことが3省庁から推奨されています。
交渉を有利に進め、自社のコア技術を守るための、ひな形の要点(ポイント)を解説します。
① 秘密保持契約書(NDA)
本格的な取引や開発を始める前の、初期の協業検討・壁打ちフェーズが使用場面として想定されています。
ポイントは、検討段階で踏み込んだ議論が行われることを想定し、依拠して生まれた発明は協議決定とする釘刺し条項(第4条)が入っている点です(「甲及び乙はいずれも、相手方の秘密情報に依拠して、発明、考案、著作物その他の知的財産権の目的となるもの(以下「発明等」と総称する。)を得た場合には、相手方に対し速やかに通知し、また、当該発明等に関する知的財産権の帰属及び取扱いを別途甲乙間で協議のうえ決定するものとする」)。
また、都度の秘密表示や30日以内の書面化が困難な業務や打合せに対応するため、ひな形末尾には、特定の対象(例:○○の製造方法や製造装置に関する図面、パラメータ情報等)であれば秘密表示の有無にかかわらず自動的に秘密情報とみなす包括指定条項(オプション第2条)が用意されており、実務負担の軽減を図っています。
02|知的財産権等の取扱いに関する契約書①:開発委託契約書
使用を想定する場面は、ソフトウェア開発や、新デザイン・新素材の開発を外部に外注・委託するときです。
受託者(メーカー等)が従前から保有する登録知的財産権について、開発着手前にあらかじめ別途書面(別紙など)により特定・確認するものと定めています(固有知的財産(既存知財)の事前特定。第2条第3項)。
発注者の秘密情報に依拠して得た発明等に係る知的財産権は、原契約に定める報酬等の支払債務を発注者が完全に履行した時点で、受託者から発注者に移転するとしています(対価の未払による権利移行トラブルを防ぐ同時履行の設計。第5条第1項)。
なお、権利自体は受託者に留保したまま、発注者に対して独占的なライセンスを付与する形式にする場合は、条文を「専用実施権、独占的通常実施権等を設定又は許諾するものとする」と修正するオプションも選択可能です(ライセンスへの書き換え。同項注釈)。
▽令和8年6月24日パブコメ⑵-No.51
ひな形16頁の注に「専用実施権を設定する」とあるが、専用実施権は特許権等に特有の制度であり、著作権等には馴染まない。また、実務上は、独占的通常実施権や独占的な使用許諾で足りるケースも多い【※注:Q部分は管理人要約】。
御意見を踏まえ、開発委託契約ひな形第5条1項の注釈の「乙に帰属するが、甲に対して専用実施権を設定するものとする」との記述を、「乙に帰属するが、甲に対して専用実施権、独占的通常実施権等を設定又は許諾するものとする」に変更する修正を加えています。
受託者は成果物が第三者の知的財産権を侵害していないことを保証しますが(非侵害の保証)、委託報酬額を上限(キャップ)としており、受託者が無限の賠償リスクを背負わないよう配慮されています(第5条第2項)。また、甲が指定した仕様や指示に起因する侵害については、乙は免責されます(同条3項)。
03|知的財産権等の取扱いに関する契約書②:製造委託契約
使用を想定する場面は、すでに仕様・性能が決まった製品の製造、金型製造、またはOEM生産を委託するときです。
ポイントとして、製造委託では、相手の秘密情報に依拠せずに独自に開発した発明(製造方法や製法ノウハウなど)については、当然にそれをなした当事者に単独帰属することを明確にし、製造過程で生じた独自技術の一方的な吸い上げ(不当な帰属要求)を防いでいます(第5条)。
また、第三者との知財訴訟が発生した際の費用負担について、「双方が自らの侵害責任の範囲内でのみ負担する」と規定し(第8条)、発注者が下請企業に一方的に解決責任を丸投げする不当なリスク転嫁を排除しています。
04|共同開発契約書
使用を想定する場面は、2社が技術やノウハウを相互に持ち寄って、新技術を共同研究開発するときです。
ポイントとして、特許を受ける権利は発明者に原始帰属するという特許法の原則に準拠し、相手の秘密情報に依拠して得られた発明のみを共有持分としています(第8条第2項)。
共有となった知財の自己実施については、実施条件や費用を含めて別途協議とし、相手方の事前の書面承諾がない限り、第三者にライセンス(実施許諾)することはできません(同条3項)。
また、大学や研究機関などの自ら実施しない不実施主体が関わる開発を考慮し、これら不実施主体との共同開発における交渉を不要に複雑化させないため、一方当事者が他方に知財の不実施を誓約する場合の不実施の対価(不実施補償)は協議決定するものとしています(同条4項)。
▽令和8年6月24日パブコメ⑵-No.42(ほかNo.47)
不実施補償に関する規定をひな形に置くことは、大学等の不実施主体との交渉を無用に複雑化させる懸念がある。特許庁が作成した「OI(オープンイノベーション)モデル契約書」における「無用な混乱を生じさせないことが望ましい」との運用指針と整合性を取るべき【※注:Q部分は管理人要約】。
御指摘の「無用な混乱」については、実費等を不実施補償の名目で請求する事に関する記載であり、共同開発契約書ひな形第8条4項とは趣旨が異なるため、原案どおりとします。
3法(独禁法・取適法・フリーランス法)の優先関係
自社の取引において、どのルールが優先して適用されるのかは、以下のフローで整理できます。
[事業者間の取引が発生]
│
├─① 受注者がフリーランス(特定受託事業者)に該当するか?
│ └【Yes】フリーランス法が最優先で適用されます
│
├─② 受注者が取適法(旧下請法)の中小受託事業者に該当するか?
│ ├(ex.資本金5,000万円超の発注者から、5,000万円以下の受注者への情報成果物作成委託)
│ └【Yes】取適法(旧下請法)が優先して適用されます
│
└─③ いずれの法律の規模要件も満たさない場合(大企業同士の取引など)
└【Yes】独占禁止法(優越的地位の濫用)の直接の対象となります
結び
取引適正化をめぐる規律は、フリーランス法の制定、取適法への改正、この知財取引指針の策定などによって、ある種の転換期を迎えています。
自社の基本契約書のひな形や、開発・購買の現場で行われている当たり前の要請(図面提出の要請や試作の依頼など)が、この新指針に適合しているか、点検を始めることをお勧めします。
今回は、取適法務ということで、令和8年6月に策定された知財取引指針の内容について見てみました。
取適法務(分野別)の関連記事一覧はこちら
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取適法務(分野別) - 法律ファンライフ
houritsushoku.com
[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。
主要法令等(独禁法関連)
主要法令等
- 独占禁止法(「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」)
- 物流特殊指定(「特定荷主が物品の運送又は保管を委託する場合の特定の不公正な取引方法」)〔令和8年1月1日施行版〕
- 物流特殊指定〔※令和9年4月1日施行版〕
- 支払告示(「製造委託等に係る代金の支払に関する不公正な取引方法」)〔※令和9年4月1日施行〕
- 支払告示運用基準(「『製造委託等に係る代金の支払に関する不公正な取引方法』の運用基準」)〔※令和9年4月1日施行〕
- 令和8年6月17日パブコメ(改正物流特殊指定・支払告示・改正優越ガイドライン等の意見公募手続における意見の概要及びそれに対する考え方)|e-Govパブリックコメント(≫掲載ページ)
- 知財取引指針(「知的財産権・ノウハウ・データの適切な取引のための優越的地位の濫用等に関する指針」)
- 知財取引指針契約書ひな形(「知的財産権・ノウハウ・データの適切な取引のための優越的地位の濫用等に関する指針」附属資料)|公取委HP(≫掲載ページ)
- 令和8年6月24日パブコメ(知財取引指針案および契約書ひな形案の意見公募手続における意見の概要及びそれに対する考え方)|e-Govパブリックコメント(≫掲載ページ)
参考資料
- 物流特殊指定ガイドブック(「物流特殊指定 ~知っておきたい『物流分野の取引ルール』~」)|公取委HP(≫掲載ページ)
主要法令等(取適法関連)
主要法令等
- 取適法(「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」)
- 取適法施行令(「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律第二条第八項第一号の情報成果物及び役務を定める政令」)
- 4条明示規則(「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律第四条の明示に関する規則」)
- 7条記録規則(「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律第七条の書類等の作成及び保存に関する規則」)
- 遅延利息利率規則(「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律第六条第一項及び第二項の率を定める規則」)
- 取適法運用基準(「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律の運用基準」)
- 取適法Q&A(「よくある質問コーナー(取適法)」)|公取委HP
- 取引適正化ガイドライン(「受託適正取引等推進のためのガイドライン」)|中小企業庁HP
- 令和7年改正法 説明資料(「下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律」の成立について)|公取委HP(≫掲載ページ)
- 令和7年10月1日パブコメ(同日付け「「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律第四条の明示に関する規則」等の整備について」)|e-Gov(≫掲載ページ)
参考資料
参考文献
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