支払告示(「製造委託等に係る代金の支払に関する特定の不公正な取引方法」)は、事業者間で行われる製造委託等の取引における代金支払の適正化を図るために、公正取引委員会が独占禁止法に基づいて指定した告示ルールです。令和8年6月18日に公布され、令和9年4月1日から施行されます。
本記事では、この新しいルールがなぜ作られたのか、どのような取引に適用されるのかをわかりやすく紐解いていきます。
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
メモ
このカテゴリーでは、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
ネット上の読み物としてざっくばらんに書いており、感覚的な理解を掴むことを目指していますが、書籍などを理解する際の一助になれば幸いです。
支払告示が新設された背景
中小受託取引における代金の支払遅延などを防ぐための規制として取適法(旧下請法)がありますが、取適法を適用するには、発注側と受注側の資本金や従業員数といった規模の要件(事業者の規模要件)を満たす必要があります。
しかし、規模要件から外れてしまう取引であっても、発注側が取引上の優位性を持っており、受注側に対して代金の支払を先延ばし(支払サイトの長期化)にするといった負担を押し付けやすい状況が現実には存在しています。
このような、取適法の規模要件を満たさない取引において、発注者が代金の支払者という優位な地位を利用して支払の繰延べによる負担を押し付ける優越的地位の濫用行為を効果的に規制するために、この支払告示が新設されました。
なぜ、わざわざ「製造委託等」に限定して告示を作るのか?
商社等が行う一般的な売買取引(仕入販売取引など)や、規格品・標準品の購入取引は、この告示の対象外です。適用場面は製造委託等に限定されていますが、これには理由があります。
製造委託や情報成果物作成委託などの取引は、反復継続的に行われる傾向が強く、受注者の発注者に対する取引依存度が高くなりやすいという特徴があります。また、仕様を指定して作らせるオーダーメイドの取引が多いため、受注側が別の取引先に乗り換えること(取引先変更)が困難な構造になっています。
このように類型的に発注者が優位に立ち、代金支払の引き延ばしによるしわ寄せを受注者が受けやすい取引であるため、ここに狙いを定めて新しいルールが告示されました。
支払告示の概要
適用場面:「製造委託等」に適用
支払告示の対象となる取引は、取適法と同じく製造委託等であり、大きく以下の5つの類型に分類されます。
それぞれの類型でもさらにいくつかの類型に分かれていますので(製造委託は4つ、修理委託は2つ、情報成果物作成委託は3つ、役務提供委託は1つだけ、特定運送委託は4つ)、実際の適用の有無を確認する際にはもう少し細かく見る必要があります。
このルールの主役:「受託事業者」の定義
この支払告示は、規模要件から外れる取引にも適用されるといっても、すべての取引先に一律に適用されるわけではありません。保護の対象となるのは、取引上の地位が弱い受託事業者です。取引上の地位が発注者(委託事業者)に対して劣っていないと認められる者は、この告示の適用対象外(保護対象外)とされています。
誰が"劣っていない"と判断されるのかについて、支払告示運用基準(「「『製造委託等に係る代金の支払に関する特定の不公正な取引方法』の運用基準」)では、以下の4つの要素を総合的に勘案して、個別の事案ごとに判断するとしています。
- 取引依存度(その発注者への売上依存度がどのくらいか)
- 発注者の市場における地位(市場シェアやその順位など)
- 取引先変更の可能性(他にすぐ切り替えられるか、その取引のためにどれだけ専用投資をしたか)
- その他取引継続の必要性を示す具体的事実(事業規模の格差や、取引することによる信用の確保など)
例えば、受注者の事業規模が発注者に比べて小さい場合、正当な理由もなく60日以内に代金が支払われない状況を受け入れていること自体が、通常、取引上の地位が劣っていることを意味し、告示の対象(受託事業者)となります。
一方で、受注者の事業規模が発注者と同等以上であったとしても、取引依存度が高かったり、その発注者と取引を継続することが事業経営上不可欠であったりする場合は、地位が劣っていると判断され、支払告示の対象となり得ます。
「60日」という一律のデッドライン
独占禁止法(優越的地位の濫用)をそのまま適用して処分しようとすると、行政側は「本当に取引上の地位が優越しているか」「正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えたか」を個別に立証しなければならず、これには相応の時間がかかってしまいます。
そこで支払告示では、取適法と同様に、給付を受領した日(役務提供・特定運送の場合は役務提供を完了した日)から起算して60日という具体的な期間基準を設けています。正当な理由がある場合を除き、この60日の期間を経過してもなお代金を支払わない行為は、それのみで不公正な取引方法(支払遅延)として一律に禁止されます。
既存の法律(取適法やフリーランス法)との優先関係
もし、支払告示のルールと取適法またはフリーランス法のルールが重複して適用され得る取引(例:資本金基準などを満たす取引)で違反が生じた場合はどうなるのでしょうか。
この点については、取適法やフリーランス法の規定が優先して適用されます。支払告示運用基準に、告示と取適法又はフリーランス法のいずれにも違反する行為については、原則としてこれらの法律の規定を優先して適用すると定められており、二重のペナルティや手続の重複を防ぐ整理がなされています。
※取引の適正化を巡る法規制(独占禁止法(優越的地位の濫用)、特殊指定、取適法(旧下請法)、フリーランス法)の優先関係については、以下の関連記事でまとめて解説しています
告示の規定を確認
最後に、告示の規定(原文)も確認してみます。1文の中に複雑なカッコ書きが何度も繰り返されており、読みづらくなっているため、要素ごとに分節してみましょう。
委託事業者の禁止行為(代金の支払遅延の禁止)
- 【主体(誰が)】
- 製造委託等(製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律(昭和三十一年法律第百二十号。以下「取適法」という。)第二条第六項に規定する製造委託等をいう。)をした事業者(国及び政府契約の支払遅延防止等に関する法律(昭和二十四年法律第二百五十六号)第十四条に規定する者を除く。以下「委託事業者」という。)が、
- 【相手方(誰に対し)】
- 当該製造委託等を受けた事業者(その取引上の地位が当該委託事業者に対して劣っていないと認められる者を除く。以下「受託事業者」という。)に対し、
- 【対象(何を)】
- 当該製造委託等に係る給付(役務提供委託(取適法第二条第四項に規定する役務提供委託をいう。以下同じ。)又は特定運送委託(同条第五項に規定する特定運送委託をいう。以下同じ。)の場合にあっては、役務の提供。以下同じ。)に対し支払うべき代金を、
- 【起算日(いつから数えて)】
- その給付を受領した日(役務提供委託又は特定運送委託の場合にあっては、受託事業者からその委託に係る役務の提供を受けた日)から起算して
- 【禁止行為】
- 六十日の期間経過後なお支払わないこと。
- 【除外事由】
- ただし、当該代金を当該期間内に支払わないことについて正当な理由がある場合は、この限りでない。
「役務提供委託又は特定運送委託の場合にあっては〜」という長い括弧書きが重複しているため難解になっていますが、支払告示の核心は、
- 「モノの取引」なら「受領日」から60日以内
- 「サービスの取引」なら「役務提供日(完了日)」から60日以内
に代金を現金等で相手方に着金(決済完了)させなければアウトになる、というシンプルな実体規定であることが見て取れるかと思います。
結び
支払告示は、取適法における事業者の規模要件を満たさない取引であっても、製造委託等の構造的に弱い立場に立たされやすい受注者を60日支払ルールによって保護するための独占禁止法上の規制です。
令和9年4月の施行に向け、企業の担当者は、自社の支払サイトがこの新基準(60日以内)に適合しているか、取引先ごとの依存度や規模要件はどうなっているかを早めにチェックし、体制を整えておくことが望まれます。
👉支払告示のより詳しい解説はこちら
- 適用要件について
支払告示|製造委託等特殊指定(支払告示)の「適用要件」を徹底解剖 - 適用の効果(禁止行為の内容)について
支払告示|適用対象になるとどうなる?禁止行為(60日支払ルール)と法的構造について解説
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[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。
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主要法令等
主要法令等
- 独占禁止法(「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」)
- 物流特殊指定(「特定荷主が物品の運送又は保管を委託する場合の特定の不公正な取引方法」)〔令和8年1月1日施行版〕
- 物流特殊指定〔※令和9年4月1日施行版〕
- 支払告示(「製造委託等に係る代金の支払に関する不公正な取引方法」)〔※令和9年4月1日施行〕
- 支払告示運用基準(「『製造委託等に係る代金の支払に関する不公正な取引方法』の運用基準」)〔※令和9年4月1日施行〕
- 令和8年6月17日パブコメ(改正物流特殊指定・支払告示・改正優越ガイドライン等の意見公募手続における意見の概要及びそれに対する考え方)|e-Govパブリックコメント(≫掲載ページ)
参考資料
- 物流特殊指定ガイドブック(「物流特殊指定 ~知っておきたい『物流分野の取引ルール』~」)|公取委HP(≫掲載ページ)