今回は、契約の一般条項を勉強しようということで、危険負担条項に関連して、危険負担の法律上の原則について見てみたいと思います。
※「契約の一般条項」というのは、ここでは、いろんな契約に共通してみられる条項、という意味で使っています
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
メモ
このカテゴリーでは、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
ネット上の読み物としてざっくばらんに書いており、感覚的な理解を掴むことを目指していますが、書籍などを理解する際の一助になれば幸いです。
危険負担とは
危険負担というのは、内容がイメージしづらい言葉ですが、ここにいう「危険」とは、双務契約において、債務者の帰責事由によらずに契約の目的たる給付が履行不能になる場合の損害のことを指します。
典型的には、目的物が不可抗力などによって滅失・損傷した場合の損害のことです。
危険負担にいう「負担」とは、その損害を当事者のどちらが負担するのか?という問題であり、具体的には、その場合の反対債務(通常は購入側の代金支払義務)がどうなるのか、ということです。
ここで購入側が代金を支払わなくてよいとすれば、滅失・損傷による損害は、販売側(=履行不能になった債務の債務者)が負担することになります。販売側は、目的物が滅失・損傷したまま、代金は払ってもらえないことになるからです。なので、これを債務者主義と呼びます。
逆に、購入側が依然として支払わなければならないとすれば、滅失・損傷による損害は、購入側(=履行不能になった債務の債権者)が負担することになります。購入側は、目的物の引渡しを受けられないにもかかわらず、代金を支払う羽目になるからです。なので、これを債権者主義と呼びます。
危険負担は、債務者主義が原則とされていますが、債権者主義や、特定物売買における危険の移転時期なども定められています。
以下、順に見てみます。
債務者主義と債権者主義(民法536条)
当事者双方の責めに帰することができない事由(grounds not attributable to either party)によって履行不能となった場合、債権者は反対給付の履行を拒絶できるとされています(履行拒絶権/民法536条1項)。
これが原則で、債務者が損害を負担することになるので、債務者主義です。
例外として、債権者の帰責事由(grounds attributable to the obligee)によって履行不能となった場合、債権者は反対給付の履行を拒絶できません(2項)。
これは、債権者が損害を負担することになるので、債権者主義です。
▽民法536条
(債務者の危険負担等)
第五百三十六条 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
反対給付の履行拒絶
ここで履行拒絶権という構成をとっているのは、改正時に、債務不履行解除の基本的な考え方を「債務者に対する責任追及のための制度」から「債務の履行を得られなかった債権者を契約の拘束力から解放するための制度」に変更し、債務者の帰責事由ない場合も解除の対象としたこととの関連だとされています。
つまり、債務者の帰責事由ない場合も解除の対象としているのに、解除する前に自動的に消滅しているという改正前民法の構成のままにするのは、制度間の不整合(重複)となるためです。
▽部会資料79-3・16頁
民法第536条第1項は、当事者双方の帰責事由によらずに債務者がその債務を履行することができなくなったときは、債権者の反対給付債務も消滅する旨を定めている。もっとも、当事者双方の帰責事由によらずに債務者がその債務を履行することができなくなった場合でも債権者は契約の解除をすることができるとの考え方(部会資料79-1第9、2⑴⑵参照)を前提とすると、一方で履行不能による契約の解除によって債権者は自己の反対給付債務を自らの意思表示により消滅させることができるとしつつ、他方で危険負担によって債権者の反対給付債務は自動的に消滅していることになり、制度間の不整合(重複)を生ずる結果となる。
…(略)…そもそも、履行不能による契約の解除と危険負担との重複の問題は、危険負担の制度が債権者の反対給付債務を自動的に消滅させるものである点に起因するものである。したがって、危険負担の制度を、債権者の反対給付債務を消滅させるものではなく、債権者が反対給付債務の履行を拒むことができるというものに改めれば、両制度の重複の問題は回避されることになると考えられる。…(略)…。
つまり、他の制度も引き合いに出しつつ並べてみると、以下のようなことです。
【履行不能で債務者に帰責事由ない場合】
引渡義務 | 支払義務(危険負担) | 解除 | |
---|---|---|---|
改正前民法 | 損害賠償請求権に転化せず消滅(明文なし) | 反対給付たる支払義務は消滅するか? 【消滅構成】 | 解除権なし ∵解除の要件として債務者の帰責事由が必要 |
改正後 | 履行を請求することができない(民412の2) ※部会資料68A・2頁 | 反対給付たる支払義務を拒絶できるか? 【履行拒絶権構成】 | 解除権あり ∵解除の要件として債務者の帰責事由は不要 |
債権者としては、自己の反対債務を確定的に消滅させたいときは、債務不履行による解除をする必要があります(部会資料79-3・17頁参照)。
本条の適用場面
本条の適用場面を確認してみます。
履行不能の帰責事由のパターンとしては、「債務者にある・なし」×「債権者にある・なし」なので、2×2=4パターンがあることになります。
【帰責事由のパターン】
債務者に帰責事由 | 債権者に帰責事由 | 反対債務(支払義務)の帰趨 |
---|---|---|
なし | なし | 履行拒絶できる ★根拠:危険負担の債務者主義(民法536条1項) |
なし | あり | 履行拒絶できない ★根拠:危険負担の債権者主義(民法536条2項) |
あり | なし | 履行拒絶できる(債務者の填補賠償債務との同時履行) ★根拠:同時履行の抗弁権(民法533条) |
あり | あり | 解釈に委ねられる(改正前民法と同様) ★明文なし(部会資料79-3・14~15頁) |
このうち、「なし」×「なし」のパターンが本条1項、「なし」×「あり」のパターンが本条2項の規律する場面です。
「あり」×「なし」のパターンは、債務者が有責の場合なので債務不履行の問題となります。この場合、債権者には填補賠償請求権がありますので(民法415条2項)、それとの同時履行の抗弁として、債権者は反対債務の履行を拒絶することになります(民法533条)。
▽部会資料79-3・17~18頁
ところで、債務の履行が不能となった場合のうち、①その履行不能について債務者に帰責事由があるときは、債務者は本来の債務の履行に代わる填補賠償債務を負担し、素案(1)の危険負担の規律は適用されない。その場合において債権者が自己の反対給付債務を拒む根拠として機能するのは、民法第533条の同時履行の抗弁権(債務者の填補賠償債務の履行との同時履行)である。他方、②その履行不能について債権者に帰責事由があるときは、素案(2)(同法第536条第2項)の規律が適用され、債権者は自己の反対給付債務の履行を拒絶することができないことになる。このように、債務の履行が不能となった場合のうち、①債務者に帰責事由がある場合、②債権者に帰責事由がある場合には、いずれも素案⑴の危険負担の規律は適用されない。素案⑴の危険負担の規律が適用されるのは、上記①及び②の場合を除く場合、すなわち③当事者双方に帰責事由がない場合のみである(「当事者双方に帰責事由がある場合」を観念しないことについては、前記第9、3の(説明)参照)。…(略)…。
▽民法533条
(同時履行の抗弁)
第五百三十三条 双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。
なお、上記のように、「あり」×「あり」のパターンは解釈に委ねられており、社会的には双方に落ち度がある場合でも、法的には上記3つのどれかに当てはめる必要があると考えられています(部会資料79-3・14~15頁)。
例えば、債務者と債権者の双方に同じ程度の落ち度が認められる事案では、法的には、互いにその債務不履行の責任を一方的に負担すべき地位にはない(その債務不履行のリスクを一方的に負担すべき地位にはない)と言い得るので、危険負担や債務不履行による契約の解除との関係で言えば、当事者双方に帰責事由がないと評価されることもあり得る、といった例が挙げられています。
危険の移転(民法567条)
特定物売買における引渡し後の危険の移転(1項)
売買目的物の滅失又は損傷に関する危険は、以下のように引渡し時に移転するとされており、売買以外の有償契約(例えば請負契約など)にも準用されています(民法559条)。
▽民法567条1項
(目的物の滅失等についての危険の移転)
第五百六十七条 売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。
危険の移転時期
本条1項は、特定物売買における危険の移転時期が引渡し時であることを定めたものです。
これは、改正前民法が”所有者が危険を負担する”という考え方に立ち、特定物の物権の設定又は移転に関しては契約時に危険が移転することとしていたため(債権者主義/改正前民法534条)、引渡しを受けていない段階でも債権者(買主)が危険を負担することとなっていたのを改めたものです。わかりやすくいうと、危険の移転時期が早すぎたということです。
▽部会資料75A・30~31頁
民法第534条は、特定物売買等において債務者の帰責事由によらない目的物の滅失又は損傷に関する危険負担の債権者主義を定めている。同条によると、契約と同時に目的物の滅失又は損傷の危険が債権者に移転するが、その帰結は不当であるとしてかねてから批判されており、目的物の実質的な支配が債務者から債権者に移転した時以後に適用場面を制限する解釈が広い支持を得てきた。…(略)…。このような危険の移転時期が最も典型的に問題となるのが売買契約であると思われるが、国内売買か国際売買かを問わず、契約実務においては、原則として、目的物の引渡しの時に目的物の滅失等の危険が売主から買主に移転するとの考え方が定着していると考えられる。不動産の売買の実務においても引渡しの時を危険の移転時期とするのが通例である。そこで、目的物の滅失又は損傷の危険が買主に移転する基準時が引渡しであることを明文化する必要がある。
このように、内容としては、一般的な契約実務での対応、つまり危険の移転時期を引渡し時とする契約条項(=改正前民法の特約としての位置づけ)を定めていることに合わせたものといえます。
適用範囲
本条1項の適用範囲について、いくつか確認してみます。
売買の目的として特定したものに限る
目的物に関し括弧書きで「売買の目的として特定したものに限る」とされているのは、ここでいう目的物が、「特定物」と「特定した種類物」を指すという意味です(「特定していない種類物」は含まれない)。
▽部会資料83-2・43頁
「目的物」という用語の使い方に関して、部会資料83-1第30(売買)における他の項目(同3、4及び7)では特定物、特定した種類物及び特定していない種類物がいずれも含まれる意味で使っているところ、ここでの「目的物」は、特定物と特定した種類物を意味するものであることから、単に「目的物」と書くのみでは、文言の使い方が不安定で適切でないとの指摘がある。そこで、この違いを明らかにするため、ここでは「目的物」の後にカッコ書きで「売買の目的として特定したものに限る。」との文言を付け加えることとした。…(略)…。
当事者双方の責めに帰することができない事由
「当事者双方の責めに帰することができない事由」とありますが、本条1項は、引渡しがあった時以後に売主の帰責事由によらない目的物の滅失又は損傷が生じた場合に、これを理由とする追完請求等ができない旨を定めるものです。
▽部会資料84-3・14頁(※【 】は管理人注)
要綱仮案第30の10(目的物の滅失又は損傷に関する危険の移転)では「売主の責めに帰することができない事由」によって滅失・損傷した場合と表現していたが、同種の規律である要綱仮案第13の2【=反対給付の履行拒絶】及び第14の4【=受領遅滞中の履行不能】では「当事者双方の責めに帰することができない事由」という表現を用いていることから、これらと同じ表現に改めることとしている。実質的な規律を変更するものではない。
つまり、逆にいえば、引渡し後に売主の帰責事由によって目的物の滅失又は損傷が生じた場合には、本条1項は適用されないことになります(=滅失又は損傷を理由とする追完請求等が可能、支払義務の履行拒絶が可能)。
危険の移転の意味
また、ここでは、反対債務の履行拒絶のほか、目的物の滅失又は損傷を理由とする追完請求等についても、危険の移転の範ちゅうの問題として整理されています(部会資料79-3・19頁参照)。
追完請求等不可(1項前段)
買主は、目的物の引渡し後は、その滅失又は損傷を理由として追完請求等をすることはできないとされています(1項前段)。当然といえば当然の内容ですが。
なお、引渡し時に目的物に契約不適合がある場合もあり得ますが、その場合であっても、滅失又は損傷に関する危険は買主に移転するとされています。
つまり、滅失又は損傷とは別個に発生した契約不適合責任はそれはそれとして追及可能だけれども、目的物の実質的な支配が移っている以上、滅失又は損傷を理由とする追完請求等はできない、ということです。
▽部会資料81-3・10頁
従前の案である部会資料75A第3、12⑴では、売主が買主に引き渡した目的物が契約の内容に適合している場合に危険が移転することとしていたが、素案⑴では、この規律を修正し、目的物が契約の内容に適合していない場合にも危険が移転することとしている。売主の意図としては契約の内容に適合した目的物を引き渡したというものであったとしても、実際にはその目的物が契約の内容に適合していないことがある。この場合に売主は目的物が契約に内容に適合していないことについて履行の追完等の責任を負うべきではあるが、目的物の支配については引渡しにより売主から買主に移転することから、引渡しがあった時以後に売主の帰責事由によらない目的物の滅失又は損傷が生じた場合には、これを理由とする履行の追完請求等はすることができないとするのが公平の観点から相当であると考えられるからである。なお、目的物が種類物で、異種物が引き渡された場合など、特定による危険の移転を認めるべきかどうかが争われるケースも考えられるが、どのような場合に「目的物を引き渡した」と評価できるかは解釈に委ねている。…(略)…。
反対給付の履行拒絶不可(1項後段)
引渡し時に危険が移転するということで、買主は、引渡し後に目的物が滅失又は損傷しても、支払義務の履行を拒絶できないことになります(1項後段)。
これは、特定物売買に関して、危険の移転後は前述の債務者主義(民法536条)の適用が排除されていることを意味します。
▽部会資料81-3・10頁
…(略)…また、買主に引き渡された目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由により滅失又は損傷したことにより、履行の追完をすることができなくなった場合には、部会資料79-1第10、1の規律をそのまま適用すると買主は代金の支払を拒絶することができることとなるが、危険が移転した後には上記の規律が適用されないことを示すために、代金の支払を拒むことができないこととしている。
受領遅滞による危険の移転(2項)
売主が契約の内容に適合した目的物の引渡しの提供をしたにもかかわらず、買主が受領しなかった場合には、1項と同様に、目的物の滅失又は損傷に関する危険は買主に移転します(民法567条2項)。
要するに、目的物の引渡しがなかったとしても、受領遅滞があれば目的物の滅失又は損傷の危険が移転することを明らかにしたものです(部会資料75A・31頁参照)。
▽民法567条2項
2 売主が契約の内容に適合する目的物をもって、その引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主がその履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその目的物が滅失し、又は損傷したときも、前項と同様とする。
結び
今回は、契約の一般条項を勉強しようということで、危険負担の法律上の原則について見てみました。
[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。
主要法令等・参考文献
民法(債権関係)改正の資料
- 部会資料1~88-2(民法(債権関係)部会資料)(法務省HP)
- 中間試案補足説明(「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」)(法務省HP)
- 中間試案パブコメ(部会資料71)(平成25年12月27日付意見募集の結果)(e-Govパブコメ)
- 要綱仮案(「民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案」)(法務省HP)
- 要綱案(「民法(債権関係)の改正に関する要綱案」)(法務省HP)
- 要綱(「民法(債権関係)の改正に関する要綱」)(法務省HP)
- 民法の一部を改正する法律案(国会提出法案)(法務省HP)
- 民法の一部を改正する法律(債権法改正)について(法務省HP)
参考文献
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