今回は、分野別取適法務ということで、放送業界における取引適正化について見てみたいと思います。
総務省が策定・改訂を重ねている放送コンテンツガイドライン(「放送コンテンツの製作取引適正化に関するガイドライン」)は、放送局(以下、局)と番組製作会社(以下、製作会社)との間の取引実態に切り込み、放送業界特有の商慣習や権利関係に特化した具体的な規律を示しています。
本記事では、放送業界の実務において特に問題となる特有の論点に焦点を当てて詳細に解説します。取適法の解説記事のリンクも挟んでいますので、適宜ご参照ください。
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
メモ
このカテゴリーでは、インハウスとしての法務経験からピックアップした、管理人の独学や経験の記録を綴っています。
ネット上の読み物としてざっくばらんに書いており、感覚的な理解を掴むことを目指していますが、書籍などを理解する際の一助になれば幸いです。
著作権の原始的帰属と「二次利用・窓口業務・局印税」を巡る特有の規律
放送番組の製作において最も複雑でトラブルになりやすいのが、著作権の帰属とその二次利用(ネット配信、海外販売、DVD・Blu-ray化など)に伴う収益配分です。
映画の著作物としての「発意と責任」の所在
放送番組は、原則として著作権法上の映画の著作物に分類されます。映画の著作物の著作権は、その製作に発意と責任を有する者(映画製作者)に原始的に帰属します。
判例(超時空要塞マクロス事件など)によれば、発意と責任とは、単に企画立案したことだけでなく、製作を行う法的主体として製作に関する収入・支出を自己の計算において行う(経済的リスクを負担する)者を指します。
- 完全製作委託型番組:
製作会社が企画、撮影、製作、編集までのすべてを自社の責任で行い、技術仕様を満たした状態で局に納品する番組です。この場合、プロデューサーの参加が形式的であれば、原始的な著作権は受注した製作会社に帰属します。 - 局製作番組(または共同製作):
局側のプロデューサーに最終的な内容決定権限があり、共同で責任を負う場合は、著作権を共有、あるいは局に帰属することになります。
著作権を無償で召し上げる「買いたたき」の禁止
原始的に製作会社に帰属するはずの著作権を、局が十分な協議なしに一方的に提示した契約書(「著作権は局に帰属する」など)によって譲渡させる行為は、取適法上の買いたたきに該当します。
ここでの規律としては、著作権を譲渡・許諾させる場合は、単なる番組製作の作業対価とは別に、著作権の譲渡対価・許諾対価を明示、またはそれを加味した製作費を設定して支払う必要があります。
また、番組本編だけでなく、撮影の過程で発生したものの本編で使用しなかったNGカットや未編集の映像(素材)について、特段の協議や対価の支払いなく、一方的に著作権や所有権を局に帰属させる行為も、取適法上の不当な経済上の利益の提供要請や独禁法上の優越的地位の濫用として禁止されています(素材の無償譲渡要求)。
「局印税」や「窓口業務」の一方的押し付け
そのほか、局が番組を放送することによってプロモーション効果が生じたと主張し、製作委員会等に対し、「局印税」として二次利用収益(DVD売上や海外販売等)の一定割合を一方的に要求する行為は、独占禁止法上の優越的地位の濫用に該当するおそれがあります(局印税の一方的要請)。
また、事前に明確な取り決めがないにもかかわらず、優越的な立場にある局が、二次利用の許諾を行う窓口業務を一方的に独占し、製作会社側からの二次利用の提案を合理的な理由なく拒む行為も違法とされます(窓口業務の一方的独占)。
放送番組に用いる「楽曲(タイアップ含む)」の取引規制
放送番組の主題歌や挿入歌といった楽曲の取引を巡っても、局が自らの影響力を利用した不当な囲い込みを行うことがあり、ガイドラインではこれらに焦点を当てたルールを設けています。
楽曲の取引規制
- 局系音楽出版社への管理(代表出版権)強制:
音楽プロダクション等が製作した楽曲を番組に起用(タイアップ)する交換条件として、局の子会社である音楽出版社(局系音楽出版社)に著作権管理業務を委託させること(代表出版権を取得させること)を事実上強制する行為は、独禁法上の優越的地位の濫用に該当するおそれがあります - カップリング曲・アルバム曲の収益配分要求:
タイアップ対象となった特定の主題歌だけでなく、そのシングルCDに収録されるカップリング曲やアルバムの他の楽曲についてまで、局側が関与していないにもかかわらず、著作権収益の配分や著作権の譲渡を合理的な根拠なく一方的に要求する行為も違法と判断されます - 根拠なき「制作協力金」の要求:
局やその関連会社が、タイアップ楽曲の起用にあたり、合理的な算出根拠を明示しないまま、一方的に「番組制作協力金」等の名目で金銭の提供を要求する行為は、不当な経済上の利益の提供要請(取適法)や優越的地位の濫用(独禁法)に該当します
制作プロセスにおける「やり直し(撮り直し・無償リテイク)」の境界線
感性やクオリティの追求が求められるクリエイティブな現場だからこそ、発注者側の”こだわり”による変更が取引相手への不当な負担(やり直し)になりやすいのが放送業界の特徴です。
プロデューサー交代や役員の意見による無償の撮り直し
例えば、いったん局の担当プロデューサーの審査を受けて受領された番組、あるいはその現場指示に即して作られた成果物について、人事異動で交代した後任のプロデューサーや試写を見た局の役員・上層部の一方的な意向により品質向上や仕様変更を求め、これに伴う追加の撮影費用・人件費を支払わない行為は、取適法上の不当なやり直しに該当します。
これに対する対策としては、事前に100%完璧な仕様を明示できない情報成果物(番組)の特性を踏まえ、追加のやり直しを要請する場合には、やり直しに至った経緯を踏まえ、発生した追加費用について十分に協議し、合理的な負担割合を決定して支払うことが求められます。
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「出演者の不祥事」や「視聴率低下による放送中止・打切り」を理由とする受領拒否
例えば、すでに製作を完了し納品した(あるいは製作途中の)放送番組について、「指定していた出演者に不祥事が発生したため放送できなくなった」「視聴率が低下して急遽番組の放送が打ち切られた」という局(または広告主・スポンサー)側の都合を理由として、番組のVTRテープ等の受領を拒否したり、返品したり、製作途中の契約を一方的に打ち切ってそれまでに製作会社が要した費用を支払わない行為は、一切認められません。
これらは受注者(製作会社)の責めに帰すべき理由には該当しないため、局は製作にかかった費用をすべて負担しなければなりません。
DVD化・ネット配信化等に伴うリテイクの扱い
例えば、当初は「地上波テレビ放映」のみを目的として発注していた番組について、放映後に「DVD・Blu-ray化」や「配信プラットフォームでの配信」の計画が立ち上がったため、それに対応した再編集やリテイクを製作会社に無償で要請する行為です。
この場合、目的外の二次利用に伴うリテイク要請は、単なる既存契約のやり直しではなく、新たな情報成果物の作成委託(新規発注)とみなされます。したがって、事前に十分な協議の上で、新たな発注として対価(追加の製作費)を定め、書面等で取引条件を明示しなければ、明示義務違反や買いたたきとなります。
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取適法解説|委託事業者の「発注内容等の明示義務」(4条明示)を徹底解説~明示すべき事項・方法など
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「放送日起算支払」の違法性と、仮納品時の「受領日」ルール
放送業界では、長年、番組が実際にテレビで放送された日(オンエア日)をベースに代金を精算する商慣習が存在していましたが、これは取適法上、危険な違反原因となっています。
「放送日起算」による支払遅延
取適法上、支払期日は成果物を受領した日から起算して60日以内に定め、支払わなければなりません(支払期日の検査完了有無は問いません)。
例えば、「オンエア日の翌月末払い」という支払制度を採っている場合、局の番組改編や編成の都合、スポンサーの都合等で放送日が当初予定より遅れると、納品(受領)から支払までの期間が簡単に60日を超えてしまい、その時点で自動的に支払遅延(違法)となります。
これに対する対策としては、適法な運用にするためには、支払の起算点を放送日から納入日(受領日)起算に変更する必要があります。
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取適法解説|資金繰りと直結するルール「代金の支払遅延の禁止」とは
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「一時的な支配下(仮納品)」における受領日の確定ルール
製作過程において、局が内容の確認や編集指示を行うために、完成前の番組(情報成果物)を一時的に局の支配下に置く(VTRやデータを預かる)ことがあります。この時点ではまだクオリティが水準に達しているか不明ですが、何もしないとこの預かった日が受領日(支払サイトの起算点)になってしまいます。
これには、業界特有の例外ルール(情報成果物作成委託特有のルール)が設けられています。あらかじめ局と製作会社との間で、「一時的に支配下に置いた番組が一定の水準を満たしていることを確認した時点で受領したものとする」旨を事前に合意している場合に限り、支配下に置いた日ではなく、確認が完了した日を受領日(支払起算日)とすることが認められます。
ただし、あらかじめ明示された「納期日」において当該番組が局の支配下にある場合は、内容の確認が終わっているかどうかにかかわらず、その納期日をもって強制的に「受領したもの」として取り扱い、支払期日のカウントダウンを開始しなければなりません(納期における強制受領)。
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取適法解説|支払期日規制にまつわる論点まとめ~受領日の考え方と例外・締切制度など
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局と子会社(局系製作会社)を巡る「トンネル会社規制(みなし適用規定)」
放送業界では、局が自らの番組製作子会社に一括して製作を発注し、その子会社からさらに外部の独立系製作会社(孫請け)へ再委託される多層的な取引構造が見られます。
この構造において、資本金規模の小さい番組製作子会社が「当社は資本金が小さいため、取適法上の委託事業者には該当せず、4条書面の交付や60日ルールの適用外である」と主張して、外部の製作会社への書面交付を拒否する行為は違法です。
すなわち、発注元の局がその製作子会社の議決権の50%超を保有するなどの支配関係があり、かつ、子会社から外部製作会社(孫請け)へ再委託された取引額が、局から子会社への委託額の50%以上を占める場合、その子会社はみなし委託事業者として、資本金規模に関わらず取適法(法4条の明示義務等)が直接適用されます(いわゆるトンネル規制)。
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取適法解説|事業者の規模に関する要件「資本金基準」「従業員基準」とトンネル規制を横断解説
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契約形態と取引実態の相違(請負・準委任と派遣の境界)
製作現場へのディレクターやアシスタント・ディレクター(AD)等の人員配置において、契約書上は業務委託(請負・準委任)となっているにもかかわらず、実態は局の社員が現場で直接具体的な作業指示を行っている偽装請負が問題視されています。
逆に、本来は請負契約(製作会社が自主的な指揮命令で製作する実態)であるべき取引を、番組改編期の前に「派遣契約に切り替えないなら、今後の取引を打ち切る」などと一方的に局の都合で通告し、製作会社に派遣労働者管理の負担増を押し付けたり、支払対価を著しく減少させる行為も、取引適正化(独禁法等の優越的地位の濫用防止)の観点から是正を求められています。
就業環境の整備と放送現場特有のハラスメント・長時間労働対策
放送日が厳格に決まっていることや、局・スポンサー・出演者などの利害関係者が多く調整に日数を要することから、製作現場は構造的に長時間労働やハラスメントが発生しやすい傾向にあります。
ガイドラインでは、これを単に製作会社内部の問題とせず、発注者側の責任として以下のような配慮を義務付けています。
- 「つながらない権利」への配慮:
局のスタッフから外部製作会社やフリーランスに対し、深夜や休日に日常的に電話・メール等の連絡を行うことを抑制するための社内研修やルール整備が求められています - ハラスメント相談窓口の開放:
局が設置するハラスメント相談窓口について、自社社員だけでなく、出入りする外部委託先の製作スタッフやフリーランスも利用できる体制にし、その連絡先を「入館時のIDカードの裏面」に記載するなどの周知の徹底が推奨されています - リスペクトトレーニングと専門職の起用:
新しいドラマのクランクインに際し、スタッフやキャスト全員で「相手に敬意を払えているか」をディスカッションするリスペクトトレーニングの実施や、性的なシーンの撮影において俳優を身体的・精神的に守るインティマシー・コーディネーターを起用するなどの実効的な対策が評価・推奨されています
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【法務トピック】インティマシー・コーディネーターとは|法律ファンライフ NOTE
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結び
放送コンテンツガイドラインは、一般的な物品の売買や製造とは異なる、目に見えない知的財産権の発生・移転プロセスや複雑なクリエイティブの決定権が絡む放送現場特有のパワーバランスから、取引上の不利益(買いたたき、やり直し、支払遅延)が生じないよう、緻密なセーフティネットを敷いているのが特徴です。
今回は、分野別取適法務ということで、放送業界における取引適正化について見てみました。
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[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。
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主要法令等
主要法令等
- 独占禁止法(「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」)
- 物流特殊指定(「特定荷主が物品の運送又は保管を委託する場合の特定の不公正な取引方法」)〔令和8年1月1日施行版〕
- 物流特殊指定〔※令和9年4月1日施行版〕
- 支払告示(「製造委託等に係る代金の支払に関する不公正な取引方法」)〔※令和9年4月1日施行〕
- 支払告示運用基準(「『製造委託等に係る代金の支払に関する不公正な取引方法』の運用基準」)〔※令和9年4月1日施行〕
- 令和8年6月17日パブコメ(改正物流特殊指定・支払告示・改正優越ガイドライン等の意見公募手続における意見の概要及びそれに対する考え方)|e-Govパブリックコメント(≫掲載ページ)
参考資料
- 物流特殊指定ガイドブック(「物流特殊指定 ~知っておきたい『物流分野の取引ルール』~」)|公取委HP(≫掲載ページ)