今回は、契約の一般条項を勉強しようということで、損害賠償条項に関連して、填補賠償の法律上の要件について見てみたいと思います。
※「契約の一般条項」というのは、ここでは、いろんな契約に共通してみられる条項、という意味で使っています
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
填補賠償の要件(民法415条2項)
民法415条2項は、「債務の履行に代わる損害賠償」(填補賠償)の請求をすることができる場合を定めており、
- 履行不能の場合(1号)
- 履行拒絶(確定的履行拒絶)の場合(2号)
- 契約が解除された場合(3号前段)
- 債務不履行による解除の要件を満たす場合(3号後段)
となっています。
従来から填補賠償の請求が可能とされていたのは、履行不能のケース(①)と、契約解除のケース(③)になります。
履行に代わる損害の賠償を請求するのだから、填補賠償を請求できるためには、本来の履行請求権が排除されていなければならないと考えられていたためです(従来の考え方)。
ただ、債務者がその債務の履行をしない旨の確定的な意思を表示した場合(いわゆる確定的履行拒絶があった場合)には、履行不能のケース(①)と同一の法律的評価を受けてよいと考えられているため、これが明文化されています(②)。
また、契約解除のケース(③)に関して、では契約解除がなされなければ填補賠償の請求はできないのか?(履行不能の場合以外に填補賠償の請求をするには契約解除が必要なのか?)という点について、契約解除がなされていない場合であっても、一定の要件の下で填補賠償を認めた判例があるため、これも明文化されています(④)。
▽民法415条2項(※【 】は管理人注)
2 前項の規定【=債務不履行】により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
【履行不能】
一 債務の履行が不能であるとき。
【履行拒絶】
二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
【契約解除/債務不履行解除の要件充足】
三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。
以下、順に見てみます。
履行不能の場合(1号)
一 債務の履行が不能であるとき。
履行不能の場合に填補賠償の請求が認められることについては、あまり難しく考える必要はありません。”履行不能になった=自動車が全壊したのだから、その物に代わる価格の賠償をせよ”というのは、当然といえば当然の話、という感覚でよいと思います。
もう少し細かくいえば、履行不能の場合における填補賠償には、
- 履行の全部不能の場合の全部の填補賠償
- 履行の一部不能の場合の一部の填補賠償
- 履行の一部不能により契約目的達成不能となる場合の全部の填補賠償
というパターンがありますが、根拠規定は、①②のケースは本号となる一方、③のケースは3号後段(債務不履行による解除の要件を満たす場合)になります。
ちなみに、履行拒絶(確定的履行拒絶)のときも、根拠規定はこれとパラレルになります(①②のケースは2号により、③のケースは3号後段による)。
▽部会資料68A・9頁(※【 】は管理人注)
履行不能の場合における填補賠償には、①履行の全部が不能である場合における履行の全部の填補賠償、②履行の一部が不能である場合における履行の一部の填補賠償、③履行の一部が不能である場合における履行の全部の填補賠償があり得るが、①及び②の填補賠償は素案⑴【=⑴ 債務の履行が不能であるとき】によって請求し、③の填補賠償は素案⑷(後記第3、2⑵)【=⑷ 債務が契約によって生じたものである場合において、当該契約を債権者が解除していないときであっても、ⅰ履行遅滞による催告解除/ⅱ定期行為の履行遅滞による無催告全部解除/ⅲその他契約目的達成不能による無催告全部解除、又はⅳ履行の一部不能又は一部拒絶での契約目的達成不能による無催告全部解除、の要件のいずれかに該当するとき】によって請求することになる。…(略)…。
履行拒絶(確定的履行拒絶)の場合(2号)
二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
このように債務者による明確な履行拒絶(確定的履行拒絶)の場合には、履行不能の場合と類似しますので、填補賠償の請求が認められています。
▽部会資料68A・8頁
⑴ 填補賠償の請求をすることができる場合としてまず挙げられるのは、債務の履行が不能の場合である(上記最判昭和30年4月19日参照)。
また、履行不能の場合に類似するものとして、債務者がその債務の履行をしない旨の確定的な意思を表示した場合(いわゆる確定的履行拒絶があった場合)が挙げられる。例えば、東京地判昭和34年6月5日判時192号21頁は、「債務者においてその債務…の履行を履行期日の経過前に強く拒絶し続け、その主観においても履行の意思の片りんだにもみられず、一方その客観的状況からみても、右の拒絶の意思をひるがえすことが全く期待できないような状態においては、その債務の履行は民法所定のいわゆる履行不能と同一の法律的評価を受けてもよいと考えられるのであるから、債権者としては履行期日の経過前においても民法第五百四十三条の精神に則つて、何等催告を要せずして契約を解除することができる…。…本件債務不履行(前記の被告の履行拒絶も民法第四百十五条前段の債務者が其債務の本旨に従つた履行をなさざるときに該当するとみるべきである)により原告が蒙つた損害中、通常生ずべき損害としては、目的物の右解除時価格と約定価格との差額である…合計十万円相当のものと認めるを相当とし、…よつて、原告の本訴請求は、…右損害賠償金十万円…の支払を求める限度において…理由がある」と判示し、債務者が確定的な履行拒絶の意思を表示した場合には債務不履行に該当することを前提として、その債務不履行による填補賠償(目的物の時価と約定代金との差額)の請求を認めている(ただし、上記説示のとおり債務不履行による解除をした事案ではある。)。
契約が解除された場合(3号前段)
三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され…たとき。
本要件は、「契約が解除がされたとき」ということで、特にわかりにくいところはないようにも思いますが、適用範囲については以下のように考えられています。
3号後段との関係
解除できているということは、解除権が発生しているという前提なので、そうすると3号後段(債務不履行による解除の要件を満たす場合)があればよく、本要件は要らないのではないか、とも思えます。
しかし、この点については、債務不履行解除の要件を満たしてはいないが解除がなされている場合、つまり、債務不履行解除(法定解除権)の要件の一部を不要とする特約があるケースや、約定解除権による解除がなされるケースもあるので、やはり独自の意義が認められるとされています。
▽部会資料68A・9頁
素案⑶の「債権者が契約を解除した場合」に該当するときは、通常、素案⑷の「債務不履行による解除の要件を満たす場合」にも該当する。もっとも、債務不履行による解除については、その要件の一部を不要とする特約(例えば、民法第541条の催告を不要とする特約など)をすることが認められているし、また、債務者が債務不履行に陥っている場合に債権者が法定解除(債務不履行による解除)ではなく約定解除(主に問題となるのは法定解除の要件の一部を不要とする内容の約定解除権の行使)をすることもあり得る。その場合には、素案⑶の「債権者が契約を解除した場合」に該当するが、素案⑷の「債務不履行による解除の要件を満たす場合」には該当しない。したがって、素案⑶の要件には独自の意義が認められる。
合意解除の場合など
また、”契約が解除されたとき”という受動態の表現になっているのは、債権者が解除した場合のほか、合意解除の場合や、債務者が解除した場合も含む趣旨だとされています。
▽部会資料79-3・11頁(民法第415条関係)
2 部会資料68A第2、2⑶は、「債権者が契約を解除したとき」としていたが、これに対しては、債権者ではなく債務者が契約を解除した場合や債権者と債務者との合意により契約が解除された場合を含め、契約が解除された場合には、その他の要件を満たす限りにおいて填補賠償の請求を認めるべきである旨の指摘があった。そこで、素案⑶の「債権者が契約を解除したとき」との要件を「契約が解除されたとき」との要件に改めることとした。
債務不履行解除の要件を満たす場合(3号後段)
三 債務が契約によって生じたものである場合において、…債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。
これについては、先ほど見たように、契約解除がなされていない場合であっても填補賠償を認めたいくつかの判例を明文化したものだとされています。
▽部会資料68A・9頁
⑵ 填補賠償の請求をすることができる場合として次に挙げられるのは、債務が契約によって生じたものである場合において、当該契約を債権者が解除したときである。
また、債権者が契約を解除していない場合であっても、①債権者が相当の期間を定めて履行の催告をし、その期間内に履行がないとき(上記大判昭和8年6月13日等参照)、②履行期が債務の性質又は特約等により債務の要素となっているため、履行期の徒過により履行不能と同様の状態を生じ、又は履行期後の履行が債権者にとって意味がないとき(上記大判大正4年6月12日等参照)、③履行の一部が不能であるが残部の履行は可能である場合において、残部のみでは債権者が契約をした目的を達することができないときは、いずれも、填補賠償の請求をすることができるとされている。この①から③までの要件は、それぞれ、①が民法第541条の解除の要件(後記第3、1⑴参照)、②が同法第542条の解除の要件(後記第3、1⑵参照)、③が同法第543条のうちの一部不能による全部解除の要件(後記第3、2⑵参照)に対応するものと考えられる。学説上も、填補賠償の請求を認めるための要件については、債務不履行による解除の類型を参考にすべきである旨の指摘がある。そこで、填補賠償の請求を認めるための要件として、「債務不履行による解除の要件を満たす場合」を挙げるのが相当であると考えられる。
債務不履行解除の要件と並べて書くと、こういうことです。以下の赤字部分が3号後段を使う部分になります。
【3号後段による填補賠償の請求に該当する部分】
債務不履行解除の要件 | 填補賠償の根拠規定(民415条2項) | ||
催告解除(民541条) | 3号後段(上記部会資料の①に相当) | ||
無催告解除(民542条) | 全部解除(1項) | 履行の全部不能(1号) | 1号 |
履行の全部拒絶(2号) | 2号 | ||
履行の一部不能または一部拒絶による契約目的達成不能(3号) | 3号後段(上記部会資料の③に相当) | ||
定期行為における履行遅滞(4号) | 3号後段(上記部会資料の②に相当) | ||
その他契約目的達成不能(5号) | 3号後段 | ||
一部解除(2項) | 履行の一部不能(1号) | 1号 | |
履行の一部拒絶(2号) | 2号 |
要するに、3号後段というのは、解除できる場合なんだけれども、解除するかしないかを債権者が選択できる(解除しないで填補賠償を請求してもよい)、というイメージです(中間試案補足説明115頁参照)。
履行請求の可否
履行不能の場合(1号)は、履行請求できないとされており(民法412条の2第1項)、また、契約解除の場合(3号前段)は、履行請求権は解除によって消滅します。
他方、履行拒絶の場合(2号)と、債務不履行解除の要件充足の場合(3号後段)は、履行請求権と填補賠償請求権が併存する事態が生じることになります(中間試案補足説明116~117頁参照)。
論点として、併存する場合の填補賠償と本来の履行請求との関係、つまり、填補賠償を請求した場合の本来の履行請求の可否(その裏返しにある、債務者による本来の債務の履行の可否)については、改正で明文化されず、解釈に委ねられています。
▽部会資料68A・10頁
中間試案においては、填補賠償の請求をしたときは、債権者は債務者に対してその債務の履行を請求することができない旨の規律を設けることとしていたが(中間試案第10、3⑶参照)、パブリック・コメントの手続に寄せられた意見の中には、現実に填補賠償がされるまでは履行請求権の行使を認めるべきである旨の指摘や、債権者が予想外に履行請求権を失うという事態を生じかねない旨の指摘があった。また、債権者が填補賠償を選択したことが債務者を拘束するか(債務者が本来の債務を履行することは否定されるか)という点を明確にしないまま上記の規律を設けるのは相当でない旨の指摘があったが、この点については、学説上も考え方が分かれているところである。そこで、上記の規律については明文の規定を設けずに、引き続き解釈に委ねることとした。
結び
今回は、契約の一般条項を勉強しようということで、損害賠償条項に関連して、填補賠償の法律上の要件について見てみました。
[注記]
本記事を含む一連の勉強記事は、過去の自分に向けて、①自分の独学や経験の記録を見せる、②感覚的な理解を伝えることを優先する、③細かく正確な理解は書物に譲る、ということをコンセプトにした読みものです。ベテランの方が見てなるほどと思うようなことは書かれていないほか、業務上必要であるときなど、正確な内容については別途ご確認ください。また、法改正をはじめとした最新の情報を反映しているとは限りませんので、ご注意ください。
主要法令等・参考文献
民法(債権関係)改正の資料
- 部会資料1~88-2(民法(債権関係)部会資料)(法務省HP)
- 中間試案補足説明(「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」)(法務省HP)
- 中間試案パブコメ(部会資料71)(平成25年12月27日付意見募集の結果)(e-Govパブコメ)
- 要綱仮案(「民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案」)(法務省HP)
- 要綱案(「民法(債権関係)の改正に関する要綱案」)(法務省HP)
- 要綱(「民法(債権関係)の改正に関する要綱」)(法務省HP)
- 民法の一部を改正する法律案(国会提出法案)(法務省HP)
- 民法の一部を改正する法律(債権法改正)について(法務省HP)
参考文献
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