法学部の教科書を開くと、最初の方(総論)でよく出てくるフレーズがあります。「狭義の○○」と「広義の○○」という、法律の名前の説明です。
狭義(きょうぎ)の刑法とは刑法典を指し、広義(こうぎ)の刑法とは犯罪と刑罰に関する法規範の総体を指す……
正直、「どっちも刑法じゃないか! なぜわざわざ使い分けるの?」と思いませんか? 商法でも同じような説明が続き、無味乾燥で眠くなってしまう学生もいるかもしれません。
しかし、この使い分けは、法律家として会話をする上で避けては通れない言葉の定義(作法)なのです。 今回は、この狭義と広義の違いを、「法域」という視点でスッキリ整理しましょう。
ではさっそく。なお、引用部分の太字、下線、改行などは管理人によるものです。
「狭義」= その名前の法律
まず「狭義の○○」からいきましょう。これはシンプルです。 六法全書の中に、その名前で載っている法律そのものを指します。
狭義の刑法: 明治40年に制定された「刑法」という名前の法律(刑法典)
狭義の商法: 明治32年に制定された「商法」という名前の法律(商法典)
つまり、「狭義の○○」とは、国会で作られた特定の法律の固有名詞(タイトル)のことです。
「広義」= その分野の総称
問題は「広義の○○」です。 これは特定の法律を指すのではなく、そのテーマに関連する法律を全部ひっくるめたグループ名(ジャンル)を指します。
例えば、「広義の刑法」と言った場合、そこには以下のものが含まれます。
- 刑法典(狭義の刑法)
- 特別刑法(覚せい剤取締法、銃刀法、軽犯罪法など)
- 他の法律の罰則規定(会社法の罰則など)
これらはすべて「犯罪と刑罰」についてのルールですよね。 なので、これらをまとめて(広義の)刑法という引き出し(カテゴリー)に入れて呼んでいるのです。
世の中には「広義」しか存在しない法律がある?
ここからが法学部生の腕の見せ所(?)です笑。 実は、世の中には広義(ジャンル名)でしか存在しない名称があります。
代表的なのが行政法と労働法です。
六法全書を隅から隅まで探しても、行政法という名前の法律(第○条…)は一行も載っていません。 あるのは、行政手続法、行政不服審査法、国家公務員法……といった個別の法律だけです。これらを行政に関わる法律としてまとめて行政法と呼んでいるだけなのです。
労働法も同じです。労働基準法や労働組合法などの総称であって、労働法という法律はありません。
「広義」の名称は、学者が勝手に作ってもいい?
さて、ここからが応用編であり、今回の記事のもうひとつのポイントです。
狭義の○○(法律の名前)は、国会が決めないと生まれません。 しかし、広義の○○(法域の名前)は、社会的な分類あるいは研究用のラベルに過ぎないため、実は実務家や学者がある意味自由に作ることができるのです。
例えば、本屋さんに行くと上場会社法といったタイトルの本が売られていることがあります。 「えっ、そんな法律いつできたの?」と驚かないでください。そんな法律はありません。
これは、会社法、金融商品取引法、証券取引所の規則など、上場企業に関係するルールを著者が独自にグルーピングして、「上場会社法」という新しいジャンル名(ラベル)を貼ったということなのです。
他にも、以下のような広義の名称が自由に使われています。
- 消費者法: 消費者契約法、特定商取引法、製造物責任法などの総称
- 医事法: 医師法、医療法、感染症法などの総称
- IT法(情報法): プロバイダ責任制限法、個人情報保護法などの総称
これらはすべて、六法全書には載っていないけれど、実務や研究のためにまとめた方が便利だから名付けられた“あだ名”なのです。
結び
教科書で「狭義」「広義」という言葉が出てきたら、こう読み替えてください。
- 狭義の○○: 実在する法律の名前(六法に載っている!)
- 広義の○○: 人間が頭の中で整理するために作ったグループ名(六法には載っていない概念!)
上場会社法のように、学説や時代の変化によって、新しい「広義の○○」はどんどん生まれていきます。 この違いがわかると、教科書の序論や総説が、単なる定義の羅列ではなく、「この本では、どの範囲の法律を扱うのか」という著者の宣言に見えてくるはずですよ。
[注記]
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